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小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

他所(特にフランス)の過去を参照しながら、日本の「現在と未来」を考えるアクチュアルな論考。

最終回 出羽守、ふたたび

2007年11月 5日

(これまでの小田中直樹の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はこちら

おっと、はやくも(ようやく)最終回である。どうにかここまでこぎつけたので、この連載全体のコンセプトだった(はずだが、率直にいって本人もすっかり忘れていた。詳しくは第一回)出羽守の大切さについて考えておきたい。とりわけフランス出羽守である……って、つまり自己弁護ですね、これは。

もちろん、不肖小田中、フランスについて文をものし、論じ、あるいは教えることによって糊口をしのいでいるとはいえ、フランスをひきあいにだす必要性を無条件に肯んずるものではない。フランスに言及することによってフランスのグローバルなプレゼンスを維持せんとする政策に加担する義務はないのだから。

ただし、複数の文化が存在し、あるいは複数の文化について知ることができるという状況は、トレランス(寛容)とイノベーション(革新)につながる。そうであれば、日本についてしか知らないよりは、日本とアメリカに詳しいほうが望ましいし、日本とアメリカだけしか知らないよりは、日本とアメリカとフランスについて知識があるほうが望ましいだろう。まぁアメリカについては皆さんよく知っておられるだろうから、出羽守の必要はないだろうが。

それじゃフランス出羽守には、一体どんな存在理由があるか。2つだけ挙げておこう。

【1】
第1は、比較の対象としてフランスを語る、ということだ。ここで「フランス」を「ヨーロッパ」に置換えてもよいだろうが、ただし「欧米」あるいは「西洋」に置換えるのはダメ。

明治維新以来、日本人にとって、一貫して国際比較の軸は「日本vs.欧米(西洋)」におかれてきた。ところが、ここのところ、ようやく、欧米といっても一枚岩ではない!! ということが、日本でも明確に意識されるようになってきた。具体的には、フランスをはじめとするヨーロッパ(場合によってはイギリスを除く大陸ヨーロッパ)と、アメリカ(場合によってはイギリスと一緒にしてアングロサクソン諸国)の距離が、ようやく重要な問題として人々の関心をひくようになったのである。

例として経済システムの次元をみてみよう。

ミシェル・アルベール(『資本主義対資本主義』、小池はるひ他訳、竹内書店新社、1996、原著1991)は、ヨーロッパとアメリカの違いを「ライン型vs.アングロサクソン型」と定式化した。

青木昌彦(『経済システムの進化と多元性』、東洋経済新報社、1995)は、日本とアメリカの違いを経済理論的な枠組で説明した。

そして、鈴木良隆たち(『MBAのための日本経営史』、有斐閣、2007)は、日本、アメリカ、ヨーロッパという3者の経済システムをおのおの異なるモデルとして構築し、比較している。すなわち、新制度学派(取引費用概念をもちいて市場と組織の関係を分析する)の枠組を利用すると、3者における経済システムの違いは、内部化の対象(ヒト、モノ、カネ)の違いに基づいていることがわかる、というのである。

これらの書から読取るべきはなにか。それはまず、グローバル化が進む今日にあって、支配的な地位にあるアメリカとは異なるモデルがフランス(あるいはヨーロッパ大陸)に見出しうる、ということである。そして、このフランス・モデルには一定の経済合理性がある、ということである。しばしばフランスとアメリカは「文化vs.経済」という枠組で論じられるが、それじゃつまらない。両者は、おのおの経済合理性を備えた、相異なる経済システムである、と考えるべきなのだ。

そう考えると、次のようにいうことができるはずだ……主流派たるアメリカと異なるモデルであるフランスは、ぼくらにとって有益な存在である。そして、だから、フランス出羽守には意味がある、と思うんだけどなあ(ちょっと弱気)。

【2】
第2は、フランスは実験場である、ということである。これはつまり、フランスを一種の実験場とみなし、そこでなされている実験から学ぶというスタンスである。フランスでは今日でもさまざまな分野でびっくり仰天の実験が実施にうつされているが、この点についてはすでに述べたので略。

ただし、ひとつだけ確認しておくべきことがある。フランスの実験から学ぶべきだと主張することと、フランスを「お手本」つまりキャッチアップする(追いつく)べき対象と考えることは、違う。お手本を探してまわるのは、もうそろそろいいんじゃないか。もちろん、お手本不要だぜ!! というのも、自信過剰で夜郎自大で、個人的にはお近づきになりたくない態度ではある。ま、もうちょっと気を楽にもって……。

そのうえで、しかし、だからといってフランスを忘れさる必要はない。フランスは、好奇心の対象として、注目に値する。簡単にいえば、フランスは面白いのである。

【3】
最後に、フランス出羽守志望者諸氏(そんな人っているか?)のための本を3冊。

(1)三浦信孝『現代フランスを読む』(大修館書店、2002)——今日のもっともすぐれたフランス・ウォッチャーがフランス社会を解剖する書。必読。三浦さんは編著をいくつか出している(書誌情報は略)が、それらも、ちょいと理屈っぽいが有益である。

(2)樋口陽一『自由と国家』(岩波書店・岩波新書、1989)——憲法学の第一人者にして、これまたすぐれたフランス・ウォッチャーでもある樋口さんが、アメリカとフランスを比較する。コンパクトな書だが、マジメに読むと目からウロコが落ちまくる。ちなみに両国の比較という視点については、アレクシス・ド・トクヴィル『アメリカのデモクラシー』(松本礼二訳、岩波書店・岩波文庫、2005〜刊行継続中、原著1835/1840)とハンナ・アレント『革命について』(志水速雄訳、筑摩書房・ちくま学芸文庫、1995、原著1963)という古典がある。

(3)ピエール・ブルデュー『ディスタンクシオン』(上下巻、石井洋二郎訳、藤原書店、1990、原著1979)——現代フランスの社会構造の特質を知りたければ、これだろう。分厚いし難解ではあるが、「バッハが好きな人=エリート」といった彼のアーギュメントに得心した途端、「軽薄短小と、ブランドと、花の都パリと、えーとそれから」なんてフランスのイメージが音を立てて崩れ、きっと「なんだこりゃ〜っ!!」と叫びたくなるはずだ。

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プロフィール

1963年生まれ。東北大学大学院経済学研究科教授。専攻は社会経済史。著書に『ライブ・経済学の歴史』『歴史学ってなんだ?』『フランス7つの謎』『日本の個人主義』『世界史の教室から』などがある。

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