プロパティーという考え方
2008年12月 9日
(これまでの 小田切博の「キャラクターのランドスケープ」はこちら)
最近、会話をしていて何度か「プロパティーってなに?」と聞かれた。特になんにも考えずにしゃべっていたので、逆に「これってそんなにわかりにくい概念だったのか」とか思ったのだが、プロパティーというのは「property」と表記するアメリカの法律用語で「所有権、使用権」を意味する言葉である。
いわれてみればこれ、わりとローカルな専門用語で、自分でもなにを読んでそういう意味、ニュアンスの言葉だと把握したのか思い出せない(いつの間にかそういう意味の言葉だと知って、当たり前のように日常的に使っていた)ので「そらわかりにくいよな」とも思うのだが、よくよく考えてみるとこの概念があまり一般に普及していないことは、それ自体がけっこう問題なのかもしれない。
というのは、殊に21世紀に入って以降、文化庁や経済産業省によるエンターテインメント産業の育成や海外進出に関する政策立案や審議会は、ことごとく「コンテンツ産業」の名を冠しておこなわれており、実際にビジネスの局面で問題にされるプロパティーについては議論されず、そのプロパティー管理の結果として生産される「コンテンツ」ばかりが問題にされてきたからだ。
こういう言い方は不要な反発を招くかもしれないが、私はべつに特殊なことをいっているつもりはない。
このコラムの1回目でも書いたように、たとえばポケモンはまずビデオゲームがあってアニメやマンガやカードゲームがある。それら個別のプロダクト(モノ)の内容が要するに「コンテンツ」なわけだが、それら個々のコンテンツ、プロダクトの製造や販売の許認可をするための「総体としてのポケモン」を指す概念がプロパティーである。
つまりプロパティーレベルでの「ポケモン」に対してアクセスし、認可を得なければそもそも個別のコンテンツは存在し得ない。その意味で「コンテンツ」は「プロパティー」の結果だ。
これはべつに海外進出に限って問題になる話ではないし、そもそもプロパティーはコンテンツが存在しなくとも成立する。そのもっとも典型的かつ象徴的な例も国内にすでにある。
サンリオが所有するハローキティをはじめとするキャラクタープロパティーがそれだ。
キティにしろマイメロディにしろ、サンリオのキャラクター群にはその背景設定や物語を供給するコンテンツがないわけではないが、それらはほぼすべてが後付けのものに過ぎない。まず先行してあるのはデザインと名称であり、それらを象ったモノ自体である。しかも、そのモノによって成立したキャラクターは、アニメ化や絵本化のたびにその性格付け自体がコロコロ変更されたりする。プロパティーさえ同一であればコンテンツは変わってもかまわないものなのだ。
あるいは「これはサンリオというメーカー固有の事例なのではないか?」と思うひとがいるかもしれないが、べつに例はなんだっていいのである。一年に一作づつまったくストーリー上のつながりもなければデザインもまったく違うのに「仮面ライダー」の名を冠してつくられ続けている特撮番組や、20年以上「ガンダム」という名称の巨大ロボットが劇中に登場することだけを共通項に作られ続けているアニメ番組、それらが例示しているのが要するにプロパティーというものだ。
キャラクタービジネスといいコンテンツビジネスというが、ビジネスとしてみた場合は、こうしたレベルのプロパティーの制作権や放映権、出版権等の許認可(ライセンシング)をおこない、そこから利潤を得るのがその収益構造だといっていい。
ならば、それは本来言葉の使い方としては「プロパティービジネス」なり「ライセンスビジネス」なりと呼ばれるべきもののはずである。にもかかわらず、それが現在日本で「コンテンツビジネス」と呼ばれているのは、そもそも経済産業省の「コンテンツ産業政策」が、いわゆるエンターテインメント産業とは異なるところから出発したにもかかわらず、なし崩し的にアニメやマンガ、映画、ゲーム、テレビドラマなどを内包するようになった経緯を持っているからであるように思われる。
もうこのこと自体がほとんど忘れ去られているように思えるが、そもそも国策として「コンテンツ産業」の育成が叫ばれたきっかけは、ネットワーク通信のブロードバンド化などの情報産業の技術レベルの高度化に対応するためのものだった。実際に、経済産業省のHPで公開されている最初のコンテンツ政策研究会である「コンテンツ流通促進検討会」の第1回説明資料のタイトルには、はっきりと「ブロードバンド時代のコンテンツ流通促進策について」と謳われている。
それは本来「デジタルコンテンツ」を意味する、きわめて限定的な用語だったはずなのである。
小田切博の「キャラクターのランドスケープ」
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