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木暮祐一の「ケータイ開国論II」

通信事業者のための情報サイト「WirelessWire News」から話題をピックアップし、モバイルサービス業界を展望する。

ティザリングがパケット定額を揺るがす?

2010年6月 7日

(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論II」はこちら

 WirelessWire Newsの記事によれば、米AT&TはiPhoneユーザー向けに提供してきた、いわゆる「定額使い放題」プランを廃止し、2種類の従量制プランに移行するようである。わが国においても、各種スマートフォンを定額で利用できる環境が整っているが、このAT&Tの動きは「明日はわが身」の気になるトピックスだ。

 こうした動きの背景には、ティザリング機能の利用の広がりもあろのだろう。筆者も、イー・モバイルのWindows Mobileスマートフォンなどを使って、端末を無線LANルーター化して活用してきた。電池の持ちの問題はあるが、複数のPC等を通じたインターネット環境を場所を問わず構築できるので便利だ。まだ制約はあるが、こうしたティザリング機能が、NTTドコモの夏モデルにも搭載された。おそらく今後、他の通信事業者各社でも取り組んでいく機能となっていくのだろう。

 当然、こうした「ケータイを無線モデム」代わりにする使い方は、パケット通信のトラフィックを一層増大化させていくことになる。したがって通信事業者としてはAT&T同様に「定額で提供するには限界がある」と考えるのも致し方ないのだろう。

 実際、わが国の定額制通信料をみると、ユーザーのパケット通信頻度や量を見ながら、微妙な料金設定をしているなと感心させられることが多い。たとえば一般のユーザーの大半は、定額制通信料の上限に至るか至らないかの微妙な通信料金を毎月支払っているのではないかと思われる。これでパケット定額をやめてしまうと、通信料単価が跳ね上がるので「パケット定額に加入していたほうがお得ですよ」ということになる絶妙なラインだ。

 こうした定額制通信料は、これまで通信事業者が提供してきたいわゆる「フィーチャーフォン」でのトラフィックから算定されたものだろう。したがって、iPhoneに代表される通信トラフィックの大きい端末が増えてくると、定額制通信料の「微妙な料金設定」の算出の根拠が揺らいでしまうのだろう。

 ただ、ユーザーの視点から言わせていただけば、通信料金の負担は少ないに越したことはない。AT&Tのような従量制に移行することはぜひとも避けて欲しいものだ。さらにいえば各通信事業者には、ネットワークの質や、エリアの充実度、さらにそれらを利用するにあたってのきめ細かな通信料金設定などで事業者間の差別化を図ってほしいと考えている。

 振り返れば、かつて携帯電話黎明期のサービスでは、通話可能なエリアにずいぶん違いを感じたものだ。都内で携帯電話基地局のアンテナを探すと、NTTドコモはNTT局舎を中心にアンテナを張り巡らし、均一なエリアを形成していたように思う。一方、日産の資本が入っていたツーカーグループは、街道沿いの日産ディーラーの屋上で多数のアンテナを見かけた。さらにJR系の資本が入ったデジタルホングループは、JR駅周辺を中心に鉄道沿いが充実していたように記憶している。

 しかしその後のエリア拡充の競争に突入し、もはや通信事業者同士のエリアの特徴はみられないほど、「全国どこでも利用可能」なケータイサービスへと至っている(ソフトバンクモバイルの場合は割当周波数が不利という条件もあり、エリア拡充で苦戦しているようだが)。そして各メディアにおいても、いつしか各通信事業者の特徴を端末やサービスで語るようになり、ネットワークの質やエリア充実度はあまり話題にしなくなった。

 そもそも通信事業者は土管(インフラ)屋であるのに、その土管屋自身が、提供する「端末」や「機能」などのサービスで差別化を図ろうとすることに(とくにiモード以降)、筆者はやや違和感を感じている旨をたびたび記事に書いてきた。2007年初頭に出版した拙著『電話代、払いすぎていませんか?』(アスキー新書)では、既存の通信事業者を水平分割し、インフラをMVNOだけに提供するインフラ会社(MNO)と、インフラを持たずに顧客にサービス提供を行う窓口となるMVNOに分割すべきといった極論も示した(根拠となるデータも示しておらず、論拠は甘いのだが)。

 ただ、スマートフォンが台頭し始めてきた昨今、ますます「通信事業者がすべきはインフラの整備の上で、インフラの質、通信エリアの差別化で勝負すべき」と痛感するようになってきた。

 わが国の通信インフラの質は高いと思っている。それでも、わが国にあってなぜ?と思えるようなエリアの抜けもまだまだある。たとえば地下鉄のトンネル内。わが国では「通話ができないことが当たり前」という意識が植え付けられてしまっている。だれもが地下鉄の線路内でケータイを利用できないことを「当然」と受け止めているだろう。これに甘んじて、地下でのエリア拡張を怠っているように感じるのである。世界に目を向ければ、少なくとも私が体験してきた限り韓国、中国、香港、シンガポール、および福岡市の地下鉄では、走行中のトンネル内でもケータイが利用可能である。

 であれば、日本でもできないわけではない。地下には色々と利権があって、通信事業者の意向だけで一筋縄にはいかないのだろう。でも「当社のケータイサービスは地下鉄トンネル内でもすべて利用可能です」ぐらいのトピックスがあれば、通信事業者の差別化のポイントとしてインパクトがあるのではなかろうか。

 通信事業者のサービスをフル活用できるフィーチャーフォンの拡充も大切だろうが、今後はむしろ「様々な端末に無線通信機能が搭載」されていき、それらが携帯電話のネットワークインフラを利用していく環境へと広がっていくことは必至である(iPadのように)。

 現状を見る限り、通信事業者各社はオープン化にはまだまだ腰が引けているように感じる。しかし様々な端末を利用できるビジネス環境を整え、トラフィックが増えれば、その分通信料収益も増えるはずだ。だからこそ、通信事業者は受け入れ端末やサービス利用に制限を設けるのではなく、むしろ積極的にネットワークの利用を推奨させていくべきだ。そしてより安定した通信サービスを提供するためにも、通信事業者が積極的に投資すべきは、サービス開発よりもインフラの充実が優先されていくべきだろう。

 iPhoneやiPadのような「通信事業者が意図していなかった端末」の出現が負荷を増大させているというが、LTEもいよいよ始まり、ネットワークの拡充は今後も続いていく。5年後、10年後にどんな通信端末がどの程度のネットワーク負荷をかけるかを予測できないわけではない。ぜひとも通信事業者各社には、そうした将来のトラフィックを見込んだ優れたインフラの構築とエリアの拡充、さらにそれらネットワークをより安価に利用可能な料金体系を期待したいものである。

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プロフィール

1967年東京都生まれ。携帯電話研究家、武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部准教授。多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた。ケータイコレクターとしても名高く保有台数は1000台以上。近著に『図解入門業界研究 最新携帯電話業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム)など。HPはこちら

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