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木暮祐一の「ケータイ開国論」

ケータイの最新情報を押さえながら、今後日本のモバイルサービスが目指すべき方向を考える。

iPhoneの衝撃、日本はアップルやグーグルに飲み込まれる

2008年6月20日

(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論」はこちら

 6月9日、米アップルCEOのスティーブ・ジョブズ氏の講演で衝撃を受けた人も多いだろう。iPhone 3Gが予想よりもはるかに早く、7月11日には入手できる・・・、いやいや、そんなことを喜んだのではない。iPhoneの日本正式発売ももちろん喜ばしいことなのだが、それよりもiPhoneをプラットフォームとしたコンテンツ流通をアップルが手がけていくということの重大さに顔色を変えた人が多かったのではなかろうか。

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 ケータイ上でコンテンツやアプリケーションを購入するという使い方は、すでに日本では一般的だ。1999年、iモードのサービス開始と共に、コンテンツプロバイダーがコンテンツを提供し、通信キャリアが情報料の回収代行をする仕組みが作られ、今や数千億円規模の業界を形成するまでに至った。ケータイの画面上で、さまざまな情報サービスを利用できる便利さは、一度使ったら手放せない便利さだろう。


■頭打ちの加入者数、疲弊するコンテンツプロバイダー

 ところが、ディスプレイがカラー化し、さらに高解像度化され、端末機能や機種数が増えていくにつれ、コンテンツを提供するコンテンツプロバイダーにとっては収益が厳しくなる一方で、一昨年あたりからモバイルコンテンツから撤退するコンテンツプロバイダーも出てきた。

 そもそも、ケータイ加入者は頭打ちに近い状態であり、そのマーケットに対してモバイルコンテンツは増え続けてきた。コンテンツプロバイダーにしてみれば、会員数を増やすのはもはや至難の業であり、その上、キャリアごとに異なる仕様や申請手続き、高解像度化するディスプレイへの対応や、通信キャリアから求められる新機能への対応など、コンテンツ開発費は高騰するばかりである。もはや日本のモバイルコンテンツビジネスには旨みは無いと、さじを投げるプロバイダーがあって当然だろう。

 こうした中、わが国ではモバイルビジネスのオープン化に向けて、コンテンツを提供するプラットフォームがどうあるべきかという議論がようやく始まったところだが、じつはすでに世界はすでに業界そのものが動き始めているのだ。これを目の当たりとしたのが今回のiPhone 3Gの発表だろう。


■App StoreとMobileMeは日本の後追いではない

 アップルは、iPhoneをプラットフォームとして、独自にコンテンツ流通が可能となる「App Store」の提供開始を公表した。これは、iPhone上で動作するコンテンツやアプリケーション等を提供するプラットフォームが、iPhone 3Gの発売と同時にサービス開始されるということだ。

 また、ケータイといえば、プッシュ配信されてくるメールサービスが極めて便利だが、これと同等なサービスをアップルも提供する。「MobileMe」という有料のサービスになるが、これによりiPhoneを使ってプッシュ型のEメールサービスを利用できる。

 いずれも日本ではすでにサービスされていること。であれば、アップルがそれらを真似をして提供するだけ? と思ったら大間違いだ。

 もし、日本で、ナンバーポータビリティーを利用して通信キャリアを変更する場合の手間を考えて欲しい。たとえば利用していた公式サイトは、一旦すべて解約となり、新たに加入する通信キャリアでサイトごとに再度利用手続きを取らなくてはならない。また、電話番号を引き継げても、メールアドレスは変わってしまう。メールアドレスを自由に設定できるウェブメールを使えばいいという声もあるが、プッシュ配信されるメールの便利さを知ってしまったら、ウェブメールなど使っていられないだろう。ということで、わが国でナンバーポータビリティーの利用が促進されないのも、色々な制約や手間が多すぎるからなのである(ついでに手数料も馬鹿にならない)。

 ところが、これがiPhoneであったら、ユーザーは「App Store」を通じてアプリケーションを購入することになるので、通信キャリアに依存しなくなる。この考え方でいけば、iPhoneなら、通信キャリアを変更しても、コンテンツやアプリケーション、メールアドレスを引き継いで利用が可能になるというわけだ(実際には、当面はSIMロックなどが講じられ、キャリアを変更して使うということはオフィシャルにはサポートされないだろうが)。

 本来、通信キャリアは通信ネットワークを提供することが本業務であり、その上で利用する端末やアプリケーション(コンテンツやメールを含め)は、ユーザーが自由に選択できるほうが便利だろう。これがオープンなモバイルビジネスの基本的な考え方だと思われるが、これはわが国だけでなく、世界的な流れといえる。ところがわが国の場合は通信キャリアの根強い反発もあるのか、業界としての取り組みは消極的である。

 ところが、わが国でうかうかしているうちに、アップルは独自の認証・課金プラットフォームを構築し、すでに多数のコンテンツプロバイダーの賛同も得て、新サービスをスタートさせようとしている。「iPhoneなどどうせわが国では売れない」などと甘く見てはいけない。日本国内市場で1端末として考えた場合は、確かにどれだけの端末が売れるのかは不透明だ。しかしiPhoneは世界70カ国で発売すると発表している。世界規模で考えると、iPhone用に作った1つのアプリケーションが、世界規模では相当数がダウンロードされ、多くの人に利用される可能性もある。iPhoneの端末OS自体がいずれオープン化されれば、流通するアプリケーションはさらに増えていくだろう。


■グーグルとアップルはケータイのオープン化を迫る

 このような通信キャリアにとらわれないコンテンツ、アプリケーション流通を模索しているところがもう一つある。グーグルだ。グーグルは、自ら端末を製造はしないが、「アンドロイド」という端末プラットフォームを端末メーカーに供給することで、シェアを獲得しようと画策している。ということで、世界のケータイは数年後にアップルとグーグルに牛耳られている可能性が高い。

 それでも、まだわが国の通信キャリアはモバイルビジネスの独占のために、世界の流れとは違った方向でサービスを展開しようとするのだろうか。もう端末メーカーも、コンテンツプロバイダーも疲弊し始めている。通信キャリアに依存した「国内だけの」ビジネスでは収益が合わなくなってきている。

 世界と足並みを揃え、端末メーカーは国内市場に振り回されない端末開発を行えば、もっと世界で活躍できる。流通台数が増やせれば、端末単価をもっと下げられるだろう。コンテンツプロバイダーも同様に、アプリケーションを世界のより多くのユーザーに利用してもらえる。

 しかし、このまま閉鎖的なケータイサービスが続くのであれば、ケータイサービスにおいて日本はますます世界と孤立し、端末メーカーもコンテンツプロバイダーも、ユーザー数の限られた閉じた世界だけに労力を費やすことになる。その結果、端末単価やコンテンツ利用料、さらには通信料は引き上げざるを得ない状況となり、結果的にその負担はユーザーへのしわ寄せとなるのである。

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プロフィール

1967年東京都生まれ。携帯電話研究家、武蔵野学院大学客員教授。多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた。ケータイコレクターとしても名高く保有台数は1000台以上。近著に『Mobile2.0』(共著)、『電話代、払いすぎていませんか?』など。HPはこちら

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