このサイトは、2011年6月まで http://wiredvision.jp/ で公開されていたWIRED VISIONのコンテンツをアーカイブとして公開しているサイトです。

木暮祐一の「ケータイ開国論」

ケータイの最新情報を押さえながら、今後日本のモバイルサービスが目指すべき方向を考える。

遊牧民とケータイ

2008年4月 8日

(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論」はこちら

 さる6日の夜、NHK BS-1チャンネルで生放送されている『地球アゴラ』という番組にゲストとして出演させていただいた。この番組は、世界各地に暮らす日本人とスタジオをインターネットで結び、ウェブカメラと生の音声で、現地の事情を報告してもらうというもの。そしてこの日は「携帯電話で変わる暮らし」という題材で、世界各地からの事情が中継された。

 今回のこの番組に協力してくれたのは、ザンビア、ケニア、中国、イタリア、フィリピンにそれぞれ暮らす日本人である。この中でも、とくに筆者が関心を抱いていたのはアフリカのケータイ事情だ。

 ケータイは、先進国においては'90年代に急速に普及を果たし、1人1台に近い数まで普及を遂げて行った。その後'00年代に入り、端末メーカーや通信オペレータは新たな市場として中国、インド、アフリカ、南米などに進出を果たし、発展途上国の重要なインフラとして加入者を増やしている。現在世界のケータイ加入者数は30億を超え、世界の2人に1人がケータイを所有するまでに至った。まあ、こういった話は書籍や文献などで情報を得てはいたが、実際に現地に住まわれている方の生の話を聞く機会はなかなか無かったので、興味津々で番組に臨んだ。とくに情報が少なかったのはアフリカのケータイ事情だ。

 この番組の中で、ケニア在住の永松真紀さんが現地の事情を報告してくれた。永松さんは、マサイ族という少数民族の方と結婚され、ツアーの企画やガイドをしながら、首都ナイロビとマサイ族の村とを行き来されるような生活を送られているそうである。

 マサイ族というのは、狩猟および牛・羊・ヤギ等の家畜の遊牧で生計を立てる遊牧民だそうで、電気もガスもない大草原に定住せず暮らしているという。伝統的な生活を守って暮らしている民族といわれ、自分たちの文化で受け入れられないものは頑なに拒絶することが知られているが、このマサイ族の人たちはITとは無縁ながらも、ケータイは必要不可欠なものとして受け入れたのだそうだ。大草原の遊牧民とケータイはあまりに不釣合い映るのだが、場所を問わずコミュニケーションできるケータイの利便性は、世界共通ということなのだろう。いや、むしろ他の先進国社会で一般的なインフラが皆無な場所だからこそ、ケータイの利便性が際立っていたようにも感じる。

 たとえば、遊牧民であるマサイ族は、放牧を生活の糧にしていて乾季になると1カ月ほど家を離れ放牧に出るそうだ。これまでは、家畜を連れて延々歩いていっても、目的地に食料(草)が無ければ、家畜が死んでしまうこともあった。しかしケータイを使うようになって、遠くの知人に草の有無を確認してから放牧に出られるようになり、無意味な長旅で家畜が死ぬことがなくなったという。

 ザンビアでも同じようにケータイが生活の利便性を向上させ、収入を増やすきっかけにもなっている。たとえば収穫した農産物をマーケットに出荷する際に、これまでは仲介人の言い値で買い叩かれていた。ところがケータイという情報インフラが整ったことで、遠く離れた村落からも市場の相場を知ることができるようになった。これにより仲介人に振り回されることなく出荷調整も可能となり、農村における収益は格段に増えた。

 マサイ族の話に戻すと、永松さんいわくケータイは「命綱」にもなるという。たとえば夜間に急病になると、以前は手の打ちようがなかった。というのも、村には固定電話などなく、公衆電話は数キロ先という状況。しかも、夜間は野生動物が危険で家から出歩くことができない。このため夜間の急病は「運に身を委ねる」しかなかったそうだ。しかし現在ではケータイを使って車を持っている仲間に連絡を取り、医師のところまで移動することもできるようになった。

 わが国では、ケータイが登場する以前から生活水準が高く、安心・安全な暮らしが実現されていた。このためケータイの登場でコミュニケーションの利便性は格段に向上できたものの、その重要性は発展途上国のそれらほどインパクトは薄いのかもしれない。アフリカのケータイ事情を知れば知るほど、ケータイがもたらした利便性や、生活の質の向上、安全・安心の向上はわが国の比ではなさそうである。

 ちなみに電気がないマサイ族の村でどうやってケータイを充電するのか?

 じつは電気の無い地域では、ソーラーチャージャーがそれなりに普及を見せているようだ。太陽光でケータイを充電し利用するなんて、わが国に比べるとなんて「エコ」なことだろう。このほか、車のDC電源から充電したり、マーケットに出れば床屋などでケータイの充電サービスをするところもあるそうだ。

フィードを登録する

前の記事

次の記事

木暮祐一の「ケータイ開国論」

プロフィール

1967年東京都生まれ。携帯電話研究家、武蔵野学院大学客員教授。多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた。ケータイコレクターとしても名高く保有台数は1000台以上。近著に『Mobile2.0』(共著)、『電話代、払いすぎていませんか?』など。HPはこちら

過去の記事

月間アーカイブ