らくらくホン騒動について考える
2008年3月18日
(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論」はこちら)
NTTドコモと富士通が、らくらくホンシリーズ新モデル発表会の席上で、ソフトバンクモバイルが販売している「かんたん携帯」821T(東芝製)の製造、販売等の差し止めを求める仮処分命令の申し立てをしたことを明らかにした。
これまで端末メーカー同士の紛争はあったが、今回のように通信キャリアが目くじらを立てて他のキャリアの端末の販売差し止め訴訟を起こした事例というのは、わが国では初めてのことではなかろうか。
これも立場により色々な意見もあるだろうが、何もNTTドコモや富士通がそこまでする必要があるのかと疑問に思ってしまう。ユーザー視点で考えるなら、らくらくホンのような端末が各キャリアでラインアップされていることが本来一番ありがたいはずである。NTTドコモや富士通は「市場調査を行ったり、ケータイ教室を開催したりという、さまざまな積み重ねの上でらくらくホンを育ててきた」と言っているようだが、真に社会のためにユニバーサルデザイン端末が必要と考えているのならば、むしろそういうノウハウをどんどん公開し、他のメーカーや通信キャリアが参考になるような「余裕」を見せて欲しいところだ。こういったノウハウを盾にしてユーザーを囲い込もうとする戦略には納得がいかない。
そもそも、富士通自身が他のキャリア向けにもらくらくホン同様の端末を供給すれば済む話と思える。ところが、端末メーカーの意向で自由に端末を製造できないわが国の業界構造に根深い問題が潜んでいるといえよう。
とはいえらくらくホンIIIと821Tは、確かに酷似しているが…。
さて、筆者は現在でこそケータイ関連の執筆が主業務となってしまったが、もともとは医療や福祉などの現場を取材する仕事が本業であった。そういう立場から、ケータイのユニバーサルデザイン化にも以前から関心を寄せてきた。
らくらくホンIIIの製品発表会における質疑応答で、富士通は「海外にらくらくホンのような製品はなく、今後、富士通が海外に展開することがあれば、ヒントや武器になる商品だと認識している」というようなコメントをしているようだが、世界にもユニバーサルデザイン端末が存在しないわけではない。
たとえば、このオーストリアのエンポリオ製のこの端末は、ボタンも最小限にし、ディスプレイは見易さを追及する上であえてモノクロ液晶としたモデルである。らくらくホンとはかなりコンセプトが異なるが、もしかしたら世界ではこういう端末のほうが売れるのかもしれない。
海外のシニア向けケータイの例 写真提供:山根康宏氏(香港在住携帯電話研究家)
わが国におけるユニバーサルデザイン端末を振り返ると、ルーツは1998年に発売されたセルラー・HD-52K(京セラ製/写真右)だろう。
左:セルラー・HD-51K 右:セルラー・HD-52K(共に京セラ製)
もともと京セラというメーカーは、デザインよりも使いやすさを重視し端末を設計してきた。その京セラが、前年発売のHD-51K(写真左)をベースに、ユニバーサルデザインの概念を盛り込み、ボタン形状やボタン面の数字の大きさ、ブラインドタッチできるようにボタン周辺に位置を示す縁取りを付けたり、数字キーを押すと押された数字を端末が発声するような機能を備えていた。高齢者をはじめ、目の不自由な人にも使いやすいモデルを目指していた。
このHD-52Kを追うように登場してきたのが、らくらくホンのルーツであるNTTドコモ・P601es(松下製)である。発売は1999年。こちらはユニバーサルデザインというよりは、シニア向けというコンセプトを明確に打ち出してきた。
その後、2001年に富士通製のらくらくホンが登場、松下製と異なったのは、ユニバーサルデザインをさらに意識し、シニア以外でも使いやすくした点である。当時筆者はこのコンセプトを絶賛した記憶がある。HD-52Kのように、ボタンを押せば数字を読み上げてくれるし、メニュー画面やメール画面なども「聴ける」ように、発声してくれる機能が備わっていた。
当時筆者は、らくらくホンを使用していた全盲の高校生を取材したことがあった。彼は「このケータイのおかげで、メールを『聴く』ことができるし、ブラインドタッチで返信も出せるようになった。これで弱視の同級生たちとメールをする楽しさを知った。本当にケータイって面白い」とコメントしてくれた。らくらくホンの登場で、ケータイを利用するユーザー層が大きく広がった。本当に素晴らしいコンセプトだと思うのだが、そんな端末が引き金となって、通信キャリアやメーカー同士で醜い喧嘩をして欲しくない。早く事態の収拾がつくことを願いたい。
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木暮祐一の「ケータイ開国論」
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