三菱電機が携帯事業撤退、端末メーカーはどう生き残っていくべきか
2008年3月 4日
(これまでの 木暮祐一の「ケータイ開国論」はこちら)
昨日は慌しい一日だった。午前中、三菱電機が携帯電話事業から撤退するニュースが飛び込んできたからだ。すでに国内のケータイ加入者は飽和状態に近く端末の販売台数も減少、そのほかにも撤退に至った要因は色々あるようだが、いずれにしてもわが国の端末メーカーにとって厳しい時代に突入したことを象徴するような出来事であった。
昨日はその後、いくつかの報道番組でコメントなどに追われたが、一般視聴者を対象にした放送メディアでは詳細を語ることはできないので、ここに私の言いたかったことを書かせていただくことにする。
わが国に携帯電話端末を生産するメーカーは10社以上ひしめいていたが、その中でも三菱電機は老舗に分類される。1983年に旧電電公社の自動車電話開発に参入、以後、ショルダーホンやムーバ、FOMAなど、NTTドコモの端末を中心に携帯電話を世の中に送り出してきた。NTTドコモではアナログ方式5機種、ムーバ27機種、FOMA22機種の計54機種を生産したという。このほか過去にはツーカー(3月末でサービス終了)、デジタルホン・デジタルツーカー・J-フォン(現、ソフトバンクモバイル)などにも端末を供給していたが、最後はNTTドコモのみへの端末供給に絞っていた。
三菱電機の端末といえば、90年代はフリップ型で独自のアイデンティティを築き、固定ファン層から支持されてきた。ところが、iモード等のコンテンツサービスの普及や、メール操作等で、大きなディスプレイや操作ボタンが求められる時代となり、フリップ型では理想的な端末を作るのが難しくなっていった。その後の三菱電機は折りたたみ型に挑戦したり、スライドタイプやストレートタイプなどのモデルを試行錯誤するなど独自の個性を発揮できないまま迷走していくこととなってしまった。
三菱電機は、新しい試みにも積極的だった。90年代のフリップ型という端末デザイン自体当時は大変斬新で個性的だったし、2000年発売のD502iでは、F502iと共に初めてカラーディスプレイを採用した端末だった。昨年2月には、コンセプトモデルがそのまま登場したような、タッチパネル式の折りたたみ型端末・D800iDSも発売した。またウェルネスケータイの試作機も昨年の「CEATEC 2007」で披露している。
こういった新技術や新機軸に積極的なメーカーであったにも関わらず、販売台数を伸ばすことができなかったのは、私は必ずしもメーカーのせいだけではないと感じている。
日本では、世界のケータイサービスとは異なる商風習が根付いており、通信事業者が端末の企画から販売まですべてを掌握する業界構造となっている。現在、販売されているケータイ端末も、そのほぼすべてが「キャリアブランド」である。キャリアブランド端末とは、「NTTドコモ」や「au」「ソフトバンク」というブランド名が端末に冠され、通信キャリアが発売元となっているケータイ端末だ。三菱電機は、NTTドコモに端末を納入するキャリアブランド端末を製造する1メーカーであった。
一方、世界は端末メーカーが独自に端末を商品化し販売する「メーカーブランド」が主体だ。「キャリアブランド」ももちろんあるが、基本的にはメーカーブランド端末を通信キャリア向けに仕様変更する程度で納入し、通信キャリアがこれを販売しているものだ。世界では端末メーカーと通信キャリアが対等の関係で両立している。
しかしわが国では、通信キャリアの力は絶大で、端末メーカーが独自にメーカーブランドの端末を作るような余力はない。というか、過去にはメーカーブランド端末が共存していた時代もあったのだが、その後通信キャリアの力が強まると共に、メーカーブランドが成り立たない市場となってしまったのだ。
わが国でメーカーブランドの端末が成り立たなくなったのは90年代後半以降だろう。90年代はまだメーカーブランド端末も平行して製造していた。たとえばPnasonicブランドやNECブランドのケータイが、家電量販店等に流通していた。当然三菱電機も「ディーガ」という独自ブランドで1999年頃までメーカーブランド端末を発売していた。
このようなメーカーブランドを成り立たなくさせた最大要因が、通信キャリアによる販売インセンティブである。販売インセンティブは、ユーザーがケータイを購入しやすくする点では市場に好意的に受け入れられたのだが、通信キャリアが出す手数料なので、当然のことながら対象になるのはキャリアブランド端末のみとなる。形状や機能が全く同じモデルでも、キャリアブランドモデルは限りなく0円に近い価格で販売され、一方のメーカーブランド端末の場合は数万円の価格となってしまう。ユーザーの立場なら、同じ機能ならばキャリアブランドの端末を購入するのは当然のことだろう。
また1999年以降、iモード等の通信キャリア独自のサービスが次々と展開され、ケータイの利便性は格段に向上していったのだが、これが結果的にメーカーブランド端末の終焉にとどめを刺すものとなってしまったようだ。端末メーカーにとっては開発コストが大きく膨らむ結果となり、メーカーブランドの端末まで製造する余裕はついになくなったわけだ。
このように見てくると、通信キャリアは独占的な免許事業を盾に販売インセンティブを徹底し、販売網まで独占することで、メーカーブランドが育たない環境を徹底的に構築することに成功したことになる。こうした体制の中で、端末メーカーは通信キャリアの要求に否応なしに従う形で、キャリアブランドの端末を開発することに専念してゆくことになった。
ところで、キャリアブランドのケータイならば端末メーカーは安泰なのだろうか? キャリアブランドのケータイ端末は、通信キャリアからの受注生産のような形で端末メーカーが製造し、受注台数を納入している。販売はすべて通信キャリアに委ねられるので、端末メーカーにとってはリスクも少なくありがたい仕組みのように思える。
しかし、端末メーカー関係者の声を聞くと、そんな生易しいものではないことがうかがえる。通信キャリアから提示される納入条件は極めて厳しいものばかりのようだ。端末に装備すべき機能等の要件は極めて多く、またディスプレイやカメラ、ソフトウェアなどの部材も通信キャリアから指定されたものを使わなくてはならず、まるで端末メーカーの仕事は与えられたパーツを組み上げるだけのような工程になってしまっているようだ。
また通信キャリアに納入したところで、もし大量に売れ残れば販売の責任も負わされることにもなる。メーカー関係者いわく、「キャリア側担当者の言うとおりに端末を作ったところで、どう考えても売れなさそうなものばかりで、やっていられない」という声をあちこちから聞く。言われたとおり作って、納入してみたところで、案の定大量に売れ残ったりするのである。その上、その責任もメーカーが負わされてしまう。何とも、おかしな話である。
MNP対策として、一昨年の夏ぐらいから、各シーズンごとに大量の新製品が導入されている。通信キャリアとしては、ユーザー獲得合戦で成果を収めるために、端末ラインナップ数で応戦しようと安易に考えたわけだ。端末メーカーはこれに振り回され、必要以上のコストや手間をかけ多数のモデルを納入したところで、結果は大量の売れ残りばかり。
さらに昨年末は「モバイルビジネス活性化プラン」を受けて販売方法の見直しなどが実施され、NTTドコモの場合は905iシリーズから端末価格を高騰させた。しかし同時に割賦販売も導入したため、「お持ち帰り価格」(頭金)では旧モデルの904iよりも905iのほうが安く持ち帰れるということになってしまった。となれば、904iは全く売れない。噂によればD904iも相当売れ残ってしまったそうだ。その責任は、決してメーカーのせいではないにも関わらず、NTTドコモは三菱電機に対して責任を負わせるような形をとったに違いなかろう。
このような流れが、三菱電機の携帯電話事業撤退に至った背景ではなかろうかと私は考えるのである。
NTTドコモ、三菱電機両社の広報から話も伺ってみたが、表向きの事実のみを丁重に説明してくれたのみだった。また、三菱電機は3日午後、本件に関する プレスリリースを発表している。
ここには、淡々と事実が記載され、さらに文末には
「これまで、当社が築いてまいりましたNTTドコモ様との良好なパートナーシップにつきましては、当社が今後さらなる強化・拡大を図る通信関連事業を通じ、維持・発展させるべく取り組んでまいります。」
と結ばれ、まるでNTTドコモとは円満に話がまとまったように受け取れる内容となっている。
しかし、
「現在NTTドコモ様に納入し、販売中の機種をもちまして、当社は、携帯電話端末の新規開発機種の投入を終了いたします。」
という部分の行間・字間を想像してみていただきたい。端末開発には相当な期間を要するので、すでに現時点では、NTTドコモの次期モデルの開発、製造も終わっている頃であろう。このタイミングでこういう話が出たということは、おそらく何らかの理由で次期端末の納入交渉が決裂したと考えるべきではなかろうか。すでに開発済みの端末を納入することなく、また何らかに再利用することもなく、「潔く撤退」するというところに、NTTドコモに対する三菱電機の本心が隠されているのではないだろうか。
1月に、三洋電機が携帯電話事業部門を京セラに売却するという報道があったが、今回の三菱電機の場合は、三洋電機のように引き取り手は見つからなかったのだろうか? あるいは、三洋の場合は、KDDIとの関係上、KDDIの親会社でもある京セラが三洋電機を救済したと考えるのが正しいのだろうか。三菱電機は、最後はNTTドコモ向けの端末開発だけにシフトし、いわば「一途に」NTTドコモと歩んできた関係であるのに、NTTドコモは救いの手を差し伸べることもしなかったのだろうか。
三菱電機は今回の撤退による一時損失を170億円としている。これはメーカーにとって、大きな痛手だろう。一方、NTTドコモは6月1日からiモード付加機能使用料を210円から315円に値上げすると発表したばかりだ。1月末現在のiモード契約者は約4,780万人だから、単純に105円の値上げで年間約600億円の増収となる。NTTドコモにとっては、170億円など眼中にはない金額だと思うのだがノ。
本件が引き金となって、端末メーカーの再編が加速する懸念もある。いや、メーカーの再編というよりも、むしろ通信キャリアと端末メーカーの関係自体をきちんと見直す時期ではなかろうか。このままではやっていけないというような声が、端末メーカー側から多数聞こえてくる。通信キャリアだけが儲かるこの業界構造に対して、端末メーカーも、そしてユーザーも、いよいよ反旗を翻す時が来たといえるのではなかろうか。
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