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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

温暖化で明るく「お金」の話をしよう 〜 「クライ」議論からの脱却

2008年10月 9日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

ビッグビジネスへの期待

「未来を創る最善の方法が未来を発明することだとしたら、次善の方法は未来に投資することだ」。

アメリカの金融界でカリスマ的な影響力を持つベンチャー・キャピタリストのジョン・ドーア氏はこんな印象的なことを言っています。彼はグーグルやアマゾンといったインターネット企業を発掘した投資家で、その活動によって個人資産10億ドル(1150億円)を築いたとされます。

彼はもはや「ネット」の世界に関心がありません。「エネルギーこそすべての市場の母」というドーア氏は、石油を使わないクリーンエネルギーに投資を集中しています。

アメリカのITベンチャーの中心地であるシリコンバレーは「環境」を意味する「グリーンバレー」、太陽光発電などベンチャーが集まり始めたことから「サン・バレー」とも言われるほど、環境関連企業への投資ブームが続いています。そこでのベンチャーキャピタルの環境関連技術(クリーンテック)への投資額は、2005年の1億2000万ドルから06年は5億1000万ドル、07年には11億ドル(1250億円)まで、急拡大しました。

クリーンテックを支える「6つのC」という言葉が、シリコンバレーで流行しています。低下傾向にある「コスト」(COST)、流入する資本(CAPITAL)、拡大する競争(COMPETITION)、グリーンエネルギーを求める中国(CHINA)の需要、環境志向を強める世界の消費者(CONSUMER)、そして進行する気候変動(CLIMATE CHANGE)という、変化要因の頭文字が、いずれも「C」であることを指しています。

今の世界的な金融不安の中で1〜2年の間は環境投資の増加は一服するでしょうが、長期的に資金の流入が続くはずです。

「グリーンカラー」が誕生し、新ビジネスが生まれる

着る服の色にちなんで、工場労働者を「ブルーカラー」、事務職員を「ホワイトカラー」といいます。「グリーンカラー」という言葉が今誕生しています。環境関連の仕事に就く人を言います。

アメリカの民主党の大統領候補であるオバマ上院議員は、今後10年間で次世代バイオ燃料など1500億ドルの公的支出によって、環境で約500万人の雇用を生み出すことを柱とする雇用対策を発表しています。ヨーロッパではEU委員会が2013年以降のポスト京都で毎年100万人の雇用を作り出す計画を立てています。米欧の政治家は温暖化対応による雇用の発生を訴えます。

新しいビジネスも生まれています。CO2などを出す権利を取引する排出量取引は、2007年に7兆円分の売買がされました。1%の手数料としても年間700億円がブローカーや金融界に落ちる試算になります。私は排出量取引を「CO2を減らせるのか」と批判的にみています。ですが、市場がここまで巨大になった以上、もはやその存在に配慮して、利用しなければならないと考えています。

雇用と新ビジネスの誕生は「温暖化で金儲けができる」ということです。この動きに私は戸惑いがあります。金儲けの欲望がエネルギーの大量消費を生み、地球温暖化の一因となりました。ですが「儲かる仕組み」を作り、そのエネルギーが回転する歯車を逆に回すことで、温暖化を止めることができるかもしれません。ビジネスを絡ませて、利益を提供し続ける仕組みがなければ、物事は永く続きません

温暖化で明るく「お金」の話をしよう

それでは、日本を考えてみましょう。「地球を救え!」「温暖化で大変だ」式の、危機をあおる感情論が今年の前半にメディアであふれましたが、今は一服しました。そして、政党での政策議論の話に転換しています。そして、「負担を冷静に考えよう」という議論が始まりました。

ですが、日本での議論はなぜか「暗い」のです

先進国の温室効果ガスの削減目標を決めた京都議定書で、日本は他国に比べてかなり重い削減義務を負いました。日本は世界で最も高いエネルギー効率を誇るゆえに、今でも負担について産業界は不満を抱えています。日本経団連は「自分たちは重い負担を背負っている」と主張します。その不平には正しい点が確かにあります。過去にとらわれ過ぎてはいないでしょうか。不平を言う人間に誰もついていきません。暗いからです。

ヨーロッパやそしてアメリカでは、議論がもう少し先に行っています。「負担はある程度受け入れよう。その上で、実行して儲けよう」という趣旨のことを、政財界のリーダーが話します。もちろんその言葉の中には現実に根ざさない「夢」にすぎない部分があります。それでも、人々を動かす元気はそうした夢から生まれます。関心が未来に向かっています。

日本人はその生真面目さゆえか、「大言壮語」を嫌います。ですが、少しぐらい未来に向けて景気のいい話を聞きたいです。

「環境・温暖化で日本は儲ける」「日本が世界を救う」——。こんな前向きで明るい話を唱えることで、私たちがこれから作り出さなければならない「低炭素社会」が明るいものになるかもしれません。その明るくするカギの一つが「儲け話」です。

それでは最後にドーア氏の言葉を引用したいと思います。

「インターネットを覚えていますか。クリーンテックはそれよりもさらに大きいのです。21世紀最大のビジネスチャンスになるかもしれません」。

注・ドーア氏の言葉は、『クーリエ・ジャポン8月号』(講談社)に掲載されたものを抜粋・編集しました。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。