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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

環境であなたは投票しますか? 〜 温暖化で「争わない」という選択肢

2008年10月 2日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

あまり差のない自民・民主両党の温暖化対策

衆議院の解散・総選挙が近づいています。温暖化対策をめぐる、自民・民主の二大政党の政策を比較してみましょう。

自民党の地球温暖化対策推進本部は中間報告として『最先端の低炭素社会構築に向けて─来たるべき世代と地球のために─』を今年6月に発表しました。一方、民主党も『環境政策ビジョン』を同9月に打ち出しました。これまで温暖化をめぐる政策では、自民党が緩め、民主党がきつめの政策を訴えました。ですがこれらを比べると、両党の政策は接近しています。

例えば、排出量取引では自民党はこれまで見送りの姿勢でしたが、この報告では導入を認めています。また民主党は炭素の排出量に応じて課税する「環境税」(炭素税)を訴えてきました。自民党は「環境税」という言葉使っていませんが、税制の「グリーン化」でつまり石炭・石油関連税を増額し、それを温暖化対策に使うことを主張しています。

違いは民主党が削減数値目標を設定することを主張している点です。そして、自民党の方が、産業との連携が具体的です。建築基準法の改正、新エネルギー、特に太陽光エネルギーへの補助金による新規ビジネスの創出を提案しています。太陽光エネルギーの補助は、早速補正予算案で具体的な政策となりました。ですが、それ以外では大きな違いはありません。

麻生太郎首相は、24日の首相就任記者会見、26日の所信表明演説で、温暖化問題と取り組む姿勢を強調しました。一方で民主党の小沢一郎代表も『新しい政権の基本政策案』では「日本が地球のために頑張る仕組み」と題して、温暖化問題を取り上げています。「省エネルギーの徹底」と「太陽光、風力など、再生可能エネルギーの利用の推進」を行うとしています。両党のリーダーはともに、経済の力を使ってこの問題を解決することを訴えています。

「温暖化を止める」という基本政策に反対する政治家は、あまりいません。また、この問題への主な対策は「化石燃料の使用を減らす」ことです。その大枠の下で、政策は行われるわけですから、各党の政策が似ることは当然かもしれません。

この比較を読者の皆さんはどのように考えられたでしょうか。この政策を見比べて、投票行動を変える人は少ないでしょう。

安部・福田両首相の頑張りは評価されなかった

そして政治家による環境・温暖化問題の努力は、日本であまり有権者の人気につながりません。安部晋三氏、そして福田康夫氏の過去2代の首相は、温暖化対策で指導力を発揮しました。サミットと国内政治で懸命に取り組み、成果を上げたと私は評価しています。

特に福田首相は、今年6月に『福田ビジョン』(『「低炭素社会・日本」を目指して』)を発表しました。「低炭素社会」へ転換し、「新たな経済成長の機会」を作る、と訴えました。そして、7月には具体策として『低炭素社会にむけた行動計画』が閣議決定されています。これは今後、重要な指標となるでしょう。

しかし、2人の首相の努力は、いずれも国民の支持につながりませんでした。両政権とも貧困や年金問題など、生活に密着する失政が批判を集めました。

政治家の評価は難しい問題です。両首相が温暖化対策での業績を正しく評価されなかったのは不幸なことでした。しかし政治は人々のニーズを受け止めなければなりません。生活に密着した問題が噴出する中で、環境問題にエネルギーを注ぐという二人の首相の決断は、優先順位の付け方を失敗したとも評価できるでしょう。

未来の温暖化防止より今の生活の安定を国民の大多数は求めているのです。

ヨーロッパでの「対立」をめぐる影響は?

温暖化をめぐる政策で、2大政党に大きな差はない。そして日本では政治的な争点になりづらい。こうした状況は、今後の対応次第では、日本にプラスとなるかもしれません。

イギリスの政治家、元財務大臣のナイジェル・ローソン氏が書いた『アピール・トゥ・リーズン』(AN APPEAL TO REASON:『理性への訴え』、2008年刊、未邦訳)という本が欧米の読書界で話題を呼んでいます。

同書では、1990年代の共産圏の崩壊で政治的に敗北して行き場を失った社会主義者が、温暖化問題に注目して、運動に参加していると警告しています。そうした人々が「反グローバリズム」「反自由貿易」「反大企業」などの自らの主張と温暖化を結びつけ、企業を敵視し、規制する政策を主張しているとローソン氏は見ています。さらに英国やヨーロッパの政党は、有権者の支持を集めるため、過激で非理性的な規制を環境問題で競っていると批判しています。その結果、EUの産業の国際競争力に悪影響が出始め、また温暖化をめぐる意見に多様性がなくなって市民の自由も脅かされたと、主張します。

ローソン氏は英国保守党の政治家で、左派への警戒感は強調された点があると思います。ですが温暖化問題は国内に「対立」を生みやすく、ヨーロッパではさまざまな悪影響を生んでいるという主張は、参考になります。

温暖化問題で、日本の社会ではヨーロッパで見られるほど関心は盛り上がっていません。この「遅れ」を批判する人が日本では多いようです。しかし、その「遅れ」は先行者の失敗を学べる利点があります。

日本の産業界の技術力、エネルギー効率は世界最高水準にあります。この力を活かして温暖化問題に向き合うことは、政治的にも社会的にも多数の人が賛成しています。そうだとしたら「対立」ではなく「一致」という形で低炭素社会への転換を図るための合意を作ることができるかもしれません。

「挙国一致」に基づく政策は、効果が強まります。そして産業界との協力は、技術力でこの問題を世界でリードできるかもしれません。企業を敵視するのではなく、協調によって効果のある制度ができるのです。長い時間軸でしか解決のできない問題、その典型的なものである温暖化問題は、「争わない」ことがよい結果を生むでしょう。私はそうした政策を政治に期待します。前述のローソン氏の危惧する対立や敵視は、地球の未来にも、今の社会にもプラスとはならないでしょう。

ただ今度の総選挙では、麻生首相、小沢民主党代表ともに、対決を強調する意向のようです。「温暖化の政策で挙国一致をしてほしい」という一介の記者の希望は、「希望のまま」終わることになりそうです。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。