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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

「納得」できるカーボンオフセットを探そう【後編】 〜 「免罪符」にしてはいけない

2008年8月 7日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

簡単に「地球に優しく」なれるのか?

私はカーボンオフセットを評価するものの、同時に戸惑いを感じます。「本当にCO2は減るのか」「努力をしなくても削減したと主張するための一種の『免罪符』にはならないのか」という疑問を持つためです。こうした戸惑いをどのように解消するべきでしょうか。

オフセットをする企業に聞いてみました。「お金を出しただけで、簡単に『地球に優しい企業』になれるのはおかしい。自力で徹底的に減らし、それでも無理な部分をオフセットするべきです」。「風で織るタオル」という印象的なキャッチフレーズで、ブランド「IKT」を展開する池内タオル(愛媛県今治市)の池内計司社長はこのように話します。

そのタオルを手に取ると、柔らかさ、そして肌触りの心地よさに誰もが驚くでしょう。環境と使う人の心地よさに徹底的にこだわって作られています。デザインや色はシンプルですが、なぜか心が引かれます。

「IKT」は有機栽培の綿から作られ、染色や糸作りでは化学物質を極力使いません。風力発電で作られた電気で織り上げられ、四国の石槌山系の地下水で洗浄します。商品は「幼児が口に含んでも問題はない」という、世界で最も厳しいEUの規格で安全認定を受けました。

こだわりの商品は多くの人の支持を集めました。2002年4月にはアメリカ・ニューヨークで開催される「ホームテキスタイルショー」で、IKTは出展した世界約1000社の中で5社のみに与えられる「最優秀賞」に選ばれました。翌年には小泉純一郎首相(当時)が施政方針演説で「頑張る中小企業」の例としてその受賞を称えました。

真面目にものづくりを行う池内さんの考えるカーボンオフセットは徹底しています。池内タオルは2015年に「カーボンニュートラル企業」、つまりCO2を排出して地球環境に負担を与えない企業となることを目指しています。2010年までにCO2を可能な限り減らせたと判断したら、オフセットを行うことを検討しています。

これまでもエネルギー効率の改善を進め、1999年に比べて一枚のタオルの生産に必要なエネルギーを2割強減らしました。「これから先はかなり難しい」(池内さん)状況ですが、一段の削減を進めます。2007年に決めた「環境ダイエット宣言」によれば、生産でのエネルギーの節約だけではありません。社有車は最短ルートを走るなど社員の行動も変えます。社員は「環境宣言」を毎年行って、環境・エネルギー効率化に役立つアイデアを会社に提案します。そして、コスト増はできる限り自社で負担をして、価格への転嫁を避けます。そして、自力で限界までCO2を削減した上で、カーボンオフセットの実施を検討するそうです。最終的には「開発途上国で自社による植林をしたい」との意向です。

IKTの顧客は総じて環境の意識の高い人々ですが、まだカーボンオフセットを求める声はありません。ですが、今後、CO2への消費者の意識は高まり、商品の選択にも影響すると池内さんは予想します。「私は『環境派』であると同時に『商売人』です。私たちの努力は、長い目で見ればビジネスの利益につながるでしょう」と、池内社長は話します。

「責任感」がキーワード

オフセットのサービス提供者にも、「戸惑い」について聞いてみました。

「解決のキーワードは『責任感』ではないでしょうか。自らの行動で生じたCO2を、責任を持って減らすことを根本に据えるべきです」。PEARカーボンオフセット・イニシアティブ(東京都中央区)を2007年に創業した松尾直樹社長はこのように話しています。

松尾さんは、「まず利用者が自らの責任をきちんと把握すること」、そして「責任感の下で相殺すること」が基本と考えています。したがって「消費者がコストの負担をすべきです。販売促進活動だけに使われるべきではありません」と指摘します。

その現れとして、松尾さんは自らの「商品」である削減プロジェクトの質にこだわります。利用者にとっては、「温暖化の防止活動に参加する」という責任が果たされます。そして提供者である松尾さんの会社は「説明」と「プロジェクトの中身」で責任を果たせるようにしているのです。「温暖化を止めたいという、利用者の気持ちを大切にしたいのです」(松尾さん)。

同社のプロジェクトはどんなものでしょうか。インド南東部の農村地域では、さとうきびの搾りかすなどの農業廃棄物を地域の農家から買い取り、これらを燃やすことで発電を行います。また、中国南部の貧困農村では家畜の排せつ物から作ったバイオガス供給装置を農家一軒ごとに設置して、エネルギーで自立した農村の建設の支援を行おうとしています。これらのプロジェクトで削減されたCO2の排出分を、カーボンオフセットで提供しようとしています。日本の消費者が支払った資金が、国内活動によるCO2を相殺するだけでなく、途上国の人々の生活の改善に役立つのです。

またオフセットサービスを、ただ売るだけではありません。排出したCO2を測定する炭素管理ツールや、エネルギー節約のコンサルティングなどの啓蒙活動などと、まとめて提供します。つまり、ビジネスによって消費者の行動を変えようとしているのです。

カーボンオフセットの本来の目的はCO2の相殺で、開発途上国の人々の生活の改善や日本の消費者の変革は「付け足し」になります。ですが「温暖化問題は、『持続可能な発展』を達成するという、文脈の中でとらえるべき」と松尾さんは考えて、こうした「付け足し」も工夫しました。

こうした工夫をすれば、カーボンオフセットが単なる相殺から、それを「きっかけ」として、人々の行動の変革につながるでしょう。

松尾さんは、物理学の研究者から、シンクタンクの研究員を経て今はCDM(クリーン開発メカニズム:京都議定書上の開発途上国と先進国が共同で行う温室効果ガス削減プロジェクト)などを提案する環境コンサルタントをしています。

途上国の開発では今、「持続可能性」が配慮されるようになっています。「箱モノ」や「お金」の援助だけではなく、長く利益を受ける援助を行うというものです。松尾さんがカーボンオフセットのビジネスを始めた理由は、これまでのCDMプロジェクトには、開発途上国に暮らす人々が利益を受けるものが少ないという現実を変えたいと思ったためでした。

個人がCO2を減らすための仕組みは、それほど手段が多くありません。「オフセットは、一般の人と専門家が分業で温暖化を止めようとする取り組みです。工夫すれば、生活に密着するさまざまな仕組みに応用できるでしょう」。松尾さんはカーボンオフセットを低炭素社会への移行のための有効な道具と位置づけ、その将来に期待しています。

カーボンオフセットを見る視点

私はいくつかのカーボンオフセットの実例を調べたことがあります。排出権を買って「オフセットをした」と強調しているのに、削減努力をほとんどしていなかった企業がありました。またある組織が売り出した「オフセット商品」は、その背景にある削減プロジェクトの姿があいまいでした。新しい仕組みゆえに試行錯誤があるのでしょうが、問題のある取り組みは社会や消費者の信頼を損ない、その健全な発展を妨げることになるでしょう。

一方で、前出の池内さんと松尾さんの二人の話と行動に、私は「納得」ができました。そこには、カーボンオフセットを実りあるものにするヒントがありました。

  1. サービスを利用する人は、自らCO2排出量の把握と削減の行動をした後で、オフセットをするべきだ。
  2. サービスの背景になるCO2の削減事業は、透明性を持ち、誰に対しても説明責任を果たすものでなければならない。
  3. 本来の目的ではないが、可能ならば私たちの支払ったお金は多くの人が幸せになることに使われるべきだ。特に「持続可能な開発」や「低炭素社会」への変革に役立つべきだ。

これが私なりに作ったカーボンオフセットを見る基準です。読者の皆さんも、こうした評価基準を持ち、登場し始めたこのサービスと向き合うのはいかがでしょうか。新しく生まれたこの仕組みを、社会全体で大切に育てるためです。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。