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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

世界の環境問題の縮図 〜 「沈みゆく国」ツバルを考える

2008年8月21日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

ツバルという国を知っていますか。南太平洋上に浮かぶ小さな島国です。国土の大半が海抜1メートル以内であるために、温暖化による海面上昇によって国が海没する危機にさらされています。

写真絵本『地球温暖化、しずみゆく楽園 ツバル 〜 あなたのたいせつなものはなんですか』(小学館)という本を出版した、NPO法人「宇宙船地球号」代表の山本敏晴さんの話をうかがいました。

「ツバルでは、今の地球の良いところ、悪いところの双方を見ることができます。世界の環境問題の縮図といえます」と、山本さんはこの国で考えたことを話しました。いったい何が起こっているのでしょうか。

子供の描く「大切なもの」は何か

山本さんと「宇宙船地球号」は、ユニークな取り組みをしています。世界の子供たちに「あなたの大切なものは何ですか」と聞いて絵を書いてもらい、その子供の家族を訪ねて取材するというものです。これまでに65カ国の子供たちの絵を約2万枚集めました。その中には、戦争、貧困、水不足、女性差別、貧富の格差など、子供から見た国や社会の問題が現れるそうです。

ツバルの子供は何を描いたのでしょうか。

絵は120枚集まりました。自然や家族、砂浜など、身の回りのものを大切と思う子供が多かったそうですが、その中にはツバルの問題をえぐりだす絵もありました。

掲載された写真はマルアオ君という13歳の男の子が書いた絵です。工場などから黒い煙が出て、その一方で船が沈んでいきます。「ぼくの大切なものは『ぼくの夢』、そして今より地球がもう少しよくなることです」と彼は話したそうです。

今、ツバルでは温暖化にともなうさまざまな問題が生じています。海面の上昇が続き、島の面積は減っています。高潮が来ると、家が浸水することも増えています。かつては井戸があったのですが、海面上昇で塩分が混じって使えなくなりました。こうして水不足の問題も生じています。

それに加えて国土が狭いのにゴミが大量に出るようになりました。ツバルでは1980年代まで、半農半漁の自給自足経済が機能していました。ところが、豊さを求めて住民が国外に船員などの出稼ぎの形で働きに出るようになりました。その結果、先進国の工業製品や物資が流れ込みました。物質的に豊かになる一方で、伝統的な社会の姿は変わりました。「グローバリゼーション」が押し寄せたのです。

マルアオ君の絵は、ツバルの抱える問題の一端を示しています。工業国の行動、そして温暖化の進行が、南太平洋の子供たちの心に影を落としているのです。

「現実を知り、できることを考えてほしい」

山本さんは医師であると同時に、「国際協力師」と名乗って医療をはじめとするさまざまな活動を行っています。さらに写真家としても知られています。山本さんの主宰するNPO「宇宙船地球号」では、「世界の子供たちに共通の教科書を作る」という計画を持ち、その材料にするために、子供たちに絵を書いてもらう取り組みをしています。

写真絵本の中で、山本さんは「私たちはこうするべきだ」という声高の主張をしていませんし、「いい」「悪い」という価値判断を押し付けてはいません。「まず現実を知ってほしい。その上でできることを考えてほしい」と話します。激しい訴えでなく、現実を淡々と伝える山本さんの写真は、逆に心にしみ入ります。

ツバル政府は約1万人の国民の国外への移住を年数十人ペースで行っています。護岸工事も検討されましたが、サンゴ礁からできているため地盤が緩く、なかなか工事を進められません。

ツバルの国土は数十年以内に消滅してしまうでしょう。私たちのできることは温暖化を止めるために小さな努力を積み重ねることしかできませんが、写真集に登場する子供たちの将来が少しでも幸せになることを祈ります。

ちなみに、日本の子供たちの絵では、「家族」や「友達」に加えて「ゲーム」「DVD」などの、楽しみを大切にする子供たちがいたそうです。こうしたレジャーは電気を使う製品によって行われます。子供を含めた先進国の人々が無邪気にエネルギーを使う。それが温暖化とつながっているかもしれない。そんな風に考えをめぐらすと、問題の複雑さに私は困惑してしまいます。

ツバルでの環境問題、つまり温暖化の進行と海面上昇、水の不足、資源の浪費とゴミの増加という問題は、日本でも起こっています。それは今、日本の持つ経済力によって隠れていますが、いずれ私たち日本人もこうした問題を日常の中で感じ、そして苦悩していくことになるでしょう。

山本さんは「沈みゆく島の大切なもの 〜 ツバルと地球温暖化」という写真展を8月20日から、東京新宿のペンタックスフォーラムで開催します。そこでは、子供たちの絵の写真、さらにツバルの現実が示されます。

【追加情報】
山本さんと「宇宙船地球号」では最近、企業の社会的責任(CSR)ランキングを始めたそうです。それぞれの商品の種類ごとに、企業の活動を採点した興味深いサイトです。
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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。