このサイトは、2011年6月まで http://wiredvision.jp/ で公開されていたWIRED VISIONのコンテンツをアーカイブとして公開しているサイトです。

石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

温暖化を考える10の法則 ~ ロンボルグの「地球と一緒に頭を冷やせ!」をクールに考える【前編】

2008年7月10日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■世界のベストセラーを読み解く

今回は『地球と一緒に頭を冷やせ! ~ 温暖化問題を問いなおす』(ビョルン・ロンボルグ著 ソフトバンククリエイティブ)という本を軸に、温暖化問題を考えます。

『COOL IT』(冷やせ/かっこよく/落ち着け、という複数の意味があります)というこの本の英語タイトルをグーグルで検索すると、6160万件もありました。同じ名前のヒット曲があるため数が増えたのでしょうが、反響の大きさに驚きます。同時にこの本がそれほど話題にならない日本の現実を考えると、環境問題をめぐって私たちは「取り残された」との感慨を抱きます。

ロンボルグ氏はデンマークの統計学者です。『環境危機をあおってはいけない ~ 地球環境の本当の話』(文芸春秋)で知られるようになった環境問題の世界的なオピニオンリーダーです。

『地球と一緒に・・・』の中で彼は、温暖化問題で「効果を見て冷静に考えよう」と正論を主張します。その考えに私は賛成です。

世界の先進国でも、そして日本でも、「温暖化は絶望的な状況になっている」とメディアがあおり、「何かをしなければならない」という恐怖感が社会に広がっています。そうした議論にロンボルグ氏は「冷静になれ」と実際の統計を使って検証します。そして、それほど事態は悪化していないという楽観的な見通しを示します。


■温暖化を考える10の質問

この本の主張は、本の末尾に書かれた温暖化問題を考えるための「10の質問」に凝縮できるでしょう。それを紹介しましょう


【メディア関係者――そしてぼくたちみんな――のための10の質問】

1)問題の規模はどれくらい?
温暖化による暑さで人が死ぬというがそれは何人か、など。ちなみに本書によれば、暑さで死ぬ人の増加は2050年に36万5000人という推計です。

2)その問題によい側面はないの?
一つ前の死者の問題では、2050年には温暖化で170万人が救われる可能性があるそうです。寒さより暑さの方が身体には優しいですから。

3)それであなたの解決策は何?
「京都議定書」なんてバカなことは言わないようにと、ロンボルグ氏は強調します(筆者コメント:議定書の問題点は同意しますが、その長所も認めなければなりません。後述します)。

4)それをやると、問題のどのくらいが解決できるの?
京都議定書による温室効果ガスの削減は、アメリカが抜けなくても、温暖化を6年遅らせるにすぎないそうです。

5)それにはいくらかかるの?
京都議定書を「まじめに実行する」=「エネルギー源の転換」をすると、1800億ドルかかるという試算があります(筆者コメント:ちなみに日本の温暖化関連予算は2008年度で年間1兆2000億円です)。

6)ほかの専門家はどんな解決策を提案しているの?
打ち水、植物を植える、白い建物など、気温を下げる工夫で、たいていの場所の温度は人為的に下げられるそうです(筆者コメント:そう単純なものではないけれど・・・)。

7)ほかの専門家はその策でどれくらい解決できると言っている?
例えば気温を3度くらい下げられる都市もあるそうです(筆者コメント:6)に同じです)。

8)ほかの専門家はいくらかかると言っているの?
アメリカのロサンゼルス(注:ウィキペディアによれば、ロサンゼルス郡は人口976万人、面積は東京都の約5倍に相当する1万2308万平方キロメートル)の例を、ロンボルグ氏は示します。1100万本の植樹をして、500万世帯のほとんどの屋根を改修、道路の4分の1を補修すると、その費用は1回だけで10億ドルです。それはエアコン代を毎年1.7億ドルずつ引き下げ、スモッグ削減効果で3.6億ドルの便益をもたらし、市街地が緑化できるメリットがあります(筆者コメント:ロンボルグ氏の話は、国の政策と都市政策が整理されていないように思えます)。

9)経済学者に費用と効果の分析をしてもらってください
ロサンゼルスのこの改造による投資1ドル当たりの効果は2ドル程度。京都議定書の効果は同33セントだそうです。

10)それを世界のほかの問題の解決策と比べてください
1ドルで40ドル分の効果があるエイズ予防、30ドルの栄養失調、20ドルの自由貿易、10ドルのマラリア予防と比べると、33セントの京都議定書は効果が小さすぎるとのこと。


温暖化で起こっている問題と対策はこれらの質問によって問い直すべきだと、ロンボルグ氏は主張します。引用したのは、「10の質問」が、温暖化問題を考える中で、とても有効な「物差し」になるためです。これらの質問は社会問題を考えることにも応用でき、「ライフハック」(仕事術)にも使えそうです。

「コスト」と効果をめぐって何も考えられず、情緒的な議論が進んでいるのが日本の現状ではないでしょうか。世界でもその事情は同じようです。

洞爺湖で先進国首脳会議が開催され、「温暖化」が議論の中心になりました。特に熱心だった英独日の首相に、「そのコストに、あなたの国の市民は耐えられるのですか」と、この質問票を使いながら聞いてみたいと思います。

とはいえ、ロンボルグ氏の議論の方法には、「危うさ」もあるのです。

※後編へ続く:次回は洞爺湖サミットの宣言をテーマにする予定です。後編はその次を予定しています。


フィードを登録する

前の記事

次の記事

石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。