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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

「泥」発言に見るトップの理念のなさ ~ 温暖化のルールづくりでも勝ち目はない?

2008年6月 5日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■会社に人生を捧げることを求めるリーダー

「入社して最初の10年は泥のように働いてもらう」。情報処理機構(IPA)が主催したIT業界の幹部と学生の対話集会で、こんな発言が飛び出して学生らは唖然としたようです。そして多くの批判を集めています(注1、2)。

発言者は、IPAの西垣浩司理事長(元NEC社長)です。これは伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長の言葉の引用で、「次の10年は徹底的に勉強してもらう。最後の10年はマネジメントをおおいにやってもらう」と続くそうです。

20~30歳代を会社に捧げたら、年をとってから楽にしてあげる・・・。こうした仕組みは終身雇用が存続して、その組織が安泰であり続けるという前提でのみ成り立つでしょう。そんな組織は、今はありません。未来に希望を抱く若者にKY(空気の読めない)発言をすること、時代の変化が分からないことなど、西垣氏の発言は批判されても仕方がないでしょう。

日本のIT業界、いやすべての組織で働く若者は「泥臭い」仕事に心身をすり減らしています。また「泥」になった後で「抜け殻」となり、特定の会社以外では「使えない」管理職があふれています。

西垣、丹羽の両氏を、会社を苦境から脱出させた優秀な経営者と私は思っていました。そのため、この発言は非常に残念です。余談ながらアップルのスティーブ・ジョブズ氏などアメリカのIT企業のカリスマ創業者らの発言と比べると、日米経営者の発信力の差に悲しくなります。

そして同時にこの発言から次のことを考えました。「日本は実は現場が優秀すぎるから、トップや管理職のリーダー層がダメでも何とかなってきたのではないか」という仮説です。


■「泥」になって競争に勝てるのか

リーダーには「仕組み作り」「ビジョンの提示」「マネジメント」が求められます。それらが「泥になれ」というバカバカしい命令だったとしても、日本の現場は頑張り続けました。20歳代から30歳代という「人生の華の時代」を捧げつくした人々の努力が、日本の経済成長をもたらし、今も経済を回しているのです。

「戦術」つまりビジネスの現場での強さは、日本企業はどの業界でも優れたものがあります。特に「ものづくり」の優秀さは際立ちます。現場の頑張りによるものでしょう。それが優秀すぎるがゆえに、リーダーのダメさを隠していたのではないでしょうか。

しかし「戦術的勝利」を重ねても、最後の勝者になるとは限りません。「仕組み」を作った企業、今はやりの言葉でいうと「戦略」を作り出す力に優れた企業が最終的な勝者となることも多いのです。

ものづくりに走った日本のIT企業と比べると、仕組み作りに努力する「グーグル」「マイクロソフト」「ヤフー」「アップル」などのほうが、苦労はするかもしれませんけれど、得られる対価は大きそうですし、将来にさまざまな可能性が広がっているように思えます。これはリーダーの差によるものなのでしょうか。


■温暖化問題で際立つ欧米リーダーの構想力

温暖化問題でも、日本と欧米の差が目立ちます。海外のサイトやメディアをチェックすると、欧米では財界人の問題をめぐる積極的な発言や活動が目立ちます。これは、発言や行動の中身に内容があるためです。

「グリーン・イズ・グリーン」。韻を踏んだキャッチフレーズは、アメリカの巨大企業ゼネラル・エレクトリック(GE)のイメルト会長のものです。「グリーン」(緑)とは、「環境」にくわえ、「グリーン・バック」と呼ばれるアメリカの紙幣のことも意味します。つまり「環境は金になる」という主張を、気の利いた言葉で表現しているのです。

同氏は、「私は『環境原理主義者』ではありませんが、環境をキーワードにビジネスを進めます。なぜなら、そこに利益が見込めるからです」と発言しています。

今年2月、シティ・グループ、JPモルガン・チェース、モルガン・スタンレーのアメリカの巨大金融グループは「炭素原則」を打ち出しました。温暖化を止めるために、再生可能エネルギーを伸ばすビジネスや省エネへの投融資の拡大、CO2を排出する石炭火力発電所へ厳しい融資姿勢で臨むという方針を打ち出したのです。これは金融界では画期的な動きで、影響を今後与えるでしょう(注3)。

欧米の金融機関は「ハゲタカ」という面ばかりではありません。理念を示し、ビジネスルール作りにも積極的です。アメリカの作ったルールに、また日本の金融界は従うのでしょうか。

このように、温暖化をめぐってビジネスルールが組み変わり、チャンスを獲得するさまざまな動きが出ています。これは、すべての業界に広がっています。ここに参加するビジネスパーソンは「地球を救え」という倫理感のみで動いているわけではありません。自分たちに有利なルールを作ろうと、頭を働かせています。

こうした場では、広い視点や教養、歴史観、発信力など、リーダーの「頭の力」が勝敗を左右するでしょう。日本企業はその「覇権争い」に勝ち残れるでしょうか。「泥」のままでは無理です。


【注1】西垣発言を伝える「アットマークIT」の記事
【注2】「ボーガスニュース」では西垣氏の発言を皮肉るエントリが、、、。笑えます。
【注3】炭素原則についてのシティのリリース。重要なニュースと思うのですが、日本では報道されていません。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。