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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

「休みたければ辞めればいい」? ~ モーレツ社長に温暖化問題から一言

2008年5月15日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■モーレツ社長の強烈な言葉

好業績を出した日本電産の永守重信社長が「休みたければ辞めればいい」という発言を行ったと、朝日新聞が報じました(注1)。これに批判が集まったことで、日本電産は発言の事実はなく本意が伝わっていないと主張するなど弁明をしています(注2)。
 
ですが、永守社長のこれまでの発言からすると「本音ではないかな」とも、思います。同社のホームページから、永守社長の文章を引用してみましょう。とても興味深いものです。

『「いったい私と仕事とどちらが大切なの?」女房族が亭主族によくする質問である。私は、このたぐいの質問を社員に対してよく試みる。我社のように毎日十時、十一時にしか帰宅できないような会社では、いずれ家庭をもてば、必ずこのての質問を受けるからだ。(中略)私自身は、経営者である以上、家庭を犠牲にすることはやむを得ないと思っている。わずか従業員六百人ばかりの企業でも、家族まで含めると、その三倍、四倍の人間に対して責任があるので、家庭などとは言っておれない。』

『我社の営業方針は、「納期はライバルの半分の時間で、訪問回数はライバルの倍」をモットーにしている。そこで営業マンは、連日十時、十一時まで仕事をすることになる(中略)』

『仕事が残っていてもさっさと帰ってしまっていたような者でも、「もう5分」、「あと5分」を続けていると、半年ぐらいで自主的に残業をやるようになる』

『最もすばらしい人生とは、来る日来る日が過去の人生の中で最もよい日であると実感できることだ。同じ所に止まっていては、それは感じることはできない。少なくとも一歩ずつでも前進しなければならない。そのための手段となるものが仕事である。(中略)だから、仕事に対して自信と誇りを持てない人間が、“マイホームパパ”などと形容されるのである。』(注3)
 
こうした考えを持つ永守社長に、私は深い敬意を持ちます。ただ同時に、上司として共に働くのは大変だとも思います。


■「わかっちゃいるけどやめられない」働きすぎ

「休みたければ辞めればいい」という発言が仮にあったなら、おかしいと思います。しかし、一方で競争に勝ち抜かなければならない資本主義社会の現実を考えれば、「走り続けなければならない」という、永守社長の発想にも共感できます。

私事で恐縮ながら、私は独立してフリー記者としての道を今年1月から歩み始めました。それまでは「記者・編集者」という職種のサラリーマンでした。多くの方のサポートをいただきながら、今の時点では仕事を続けられています。そして「自分の行動を自分で決められる自由の範囲が大きい」ことに、快さを感じています。

ですが、仕事を続けられるかという問題が生じ、かなり厳しく不安定な生活に陥りました。サラリーマン時代は、不満はあったものの不安はありません。独立すると、不満は少なくなったものの不安だらけ。それを解消しようと、自分の力不足を日々感じながら、長時間働き続けています。

本田技研工業の創業者本田宗一郎さんの自伝で「自由でいることは毎日暴風雨の中に立っているぐらい大変なことなのだ」という言葉がありました。その意味を毎日実感しています。

上場企業の創業経営者という永守社長の重圧に比べれば、私の苦労など芥子粒のように小さなものでしょう。しかし、社会の厳しさに接して真剣に仕事をしたことによって、「走り続けなければならない」「働かなければならない」という価値観に、今の私は染まっています。だから永守社長の発想にも共感してしまうのです。

「人生仕事だけではない」と分かり、そして「遊びたい」と思いつつも、働かなければならないという価値観から私は抜け出せません。お客さまと仕事への責任感があるためです。読者の皆さんも、同じ状況に追い込まれたことはないでしょうか。


■気づきをもたらすか? 温暖化問題からの制約

企業競争に勝ち抜くため、激しく働き続け、拡大しなければならない――。こうした価値観に、転換を迫る問題が生じています。地球温暖化問題です。

温室効果ガス・CO2の排出を早急に半減しなければ、地球環境に深刻なダメージが加わります。しかし、エネルギー使用が今のままでは、決して達成できません。そのため、京都議定書を始めとして、CO2を使う排出総量の上限を国ごと設定するという考えが、国際協定の形で具体化しつつあります。

CO2の排出は、石油など化石燃料の使用と密接にかかわる以上、上限の設定は経済活動の規模を決めることとほぼ同じです。温暖化問題は「拡大」を正しいとする経済の姿に、これまでとは異質な視点から変容を迫ります。その結果、「利益を出さなければならない」「仕事こそすべて」という価値観にも、影響を与えるでしょう。

個人でも、企業でも、国でも、拡大だけでは行き詰ります。個人は働きすぎれば倒れ、企業は社員が辞め、国レベルではさまざまな資源が枯渇します。温暖化問題は、そうした拡大路線のもたらした最悪の結末の一例です。

別の視点から「このままではおかしい」という気づきのきっかけに、温暖化問題はなるかもしれません。これまでの経済社会の論理では解決できない問題なのですから。

永守社長を始めモーレツに働くビジネスパーソンは、温暖化問題をどのように受け止めるのか。そして、この制約をどのように受け止め、どのような価値観を作って乗り越えるのでしょうか。ぜひ知りたいと思います。

注1)朝日新聞4月23日記事。『「休みたいならやめればいい」急成長の日本電産社長
注2)日本電産ホームページ。『2008年4月24日付け一部報道記事について
注3)永守社長の著書「奇跡の人材育成法」PHP研究所刊から抜粋された同社HP上のメールマガジンバックナンバーより抜粋。引用部分については掲載されていたブログ「本石町日記」を参考にしました。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。