新たなビジネスが温暖化を止める ~ 2・エネルギーダイエットはいかが?
2008年5月 8日
(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら)
温暖化をめぐるベンチャー企業の活躍を取材した2回目です。今回は、「エネルギーのダイエット」というユニークな仕事を紹介してみましょう。
■「電力のダイエット」がビジネスに
「温暖化防止のためにエネルギーの節約をしよう」。誰にでも言えることですが、実際に消費するエネルギーを減らすことは難しいものです。多くの人が悩む「ダイエット」に似ています。
「私たちは、省エネを実際に行う手伝いをします。いわば電力の『ダイエット』です」。エネルギーのコンサルティングを行うイーキュービック(東京・千代田区)の岩崎友彦社長は話します。同社はエネルギーの「ムダ」を明らかにして、その「処方箋」を描いて企業に実行をうながす仕事をするベンチャー企業です。
飲食や小売の店舗では、きらびやかな照明など、営業活動のために大量に電気を使います。「使わない」ことはできないまでも、「効率的に使う」ことができれば電気の使用量は減らせます。そこでイーキュービックが使う手法は「見える化」です。
具体的には、電気を使う回路ごとに分ける分電盤の中の各ブレーカーに、計測器を取り付けます。例えば飲食店では、厨房と客席それぞれの空調・照明・換気、そして外看板などの合計7カ所で計測して、それで時間ごとの使用量を把握します。つまり、どの時間帯に、どの設備が、どのくらい電力を使ったかが、一目で分かるわけです。
週に1回ほど結果をイーキュービックがまとめ、無駄な電力使用とその「換算料金」が顧客の企業に伝えられます。営業時間以外で客席や外看板の照明が使われたり、厨房で必要のない空調が使われたりなどの、無駄な行動が分かります。また、他の週や、他の月、同一のチェーン店では店舗ごとにエネルギーを使った量を比較することで、電気を効率的に使って収益を顧客企業が得る方法も考えることができます。
イーキュービックは、外食チェーン大手の「つぼ八」の省エネを2005年から手伝っています。つぼ八は初年度に直営の3割に当たる31店舗に導入したところ、それらの店では初年度で電力を年9.6%、電気代にして約870万円を削減しました。
飲食チェーンのワタミでも2005年に当時の全店舗の4割に当たる293の店舗に導入し、それらの店では電力を12.3%、金額にして1億6000万円分減らしました。ワタミの削減量はCO2換算で約2500トンになります。つぼ八もワタミも、さらに導入する店舗を増やす見込みです。
イーキュービックでは、これまでに、車の販売店、ホームセンター、カラオケ、ゲームセンター、事務所など、15社約600店舗で電気の「ダイエット」を行っています。「いずれの企業でも導入前とその後では10%以上電力料金が減っています」(岩崎社長)。2007年には、飲食・販売などのチェーン店舗の建設や内装を手掛ける大和ハウス工業グループと提携して、同社が手がけた物件のテナント企業約3800社への営業を始めました。エネルギー価格が上昇する兆しを見せる中で、多くの企業が「省エネ」に関心を向けており、ベンチャーとしてのイーキュービックにも追い風が吹き始めました。
■ビジネスの知恵を教育に活かす
イーキュービックを起業した岩崎社長は、京都大学の理学博士の肩書を持つ、地球温暖化・エネルギー問題の研究者でした。シンクタンクの日本総合研究所に勤めた後で、2003年に同社を起業しました。工場などでは、省エネは徹底的に進められていました。ESCO(エネルギー・サービス・カンパニー)と呼ばれる、生産での省エネをコンサルティングするビジネスも発展しています。
しかし、「民生業務部門」と呼ばれる小売・サービス業に特化した省エネビジネスは類例がなく、「チャンスがあると考えたのです」(岩崎社長)。
日本の電力の販売金額は2007年で約19兆円。そのうち、小売店舗などの民生部門が使う金額は8兆円前後です。「その電力の全部とは言わないまでも、5兆円分のうち、1割を減らして、管理・コンサルティング料をもらえれば巨大なビジネスが生まれます」。
多くの小売業・飲食業でも、経費節約のために社員に電力の無駄遣いを戒めてきました。また従業員の人々もまじめに取り組んできたでしょう。しかし、イーキュービックが入ることで、こうして気をつけていた企業でも10%前後の電力の使用量を減らせます。社会には隠れたエネルギーの無駄がたくさんあることの一例でしょう。
「産業界は省エネ努力をしている」。これまで、日本ではこのように言われてきましたが、細かく統計を見ると、そうとばかりは言えません。2006年の温室効果ガスの排出国内のCO2排出量は工場など産業部門では基準年(主に1990年)に比べて5.6%も減ったのに、「民生業務部門」と分類される、小売業やサービス産業の含まれる分野は同41.7%も増加しました。
サービス産業の多くは経団連の自主規制措置の適用外だったことに加えて、省エネ法でも小規模の企業は、報告義務が課されないなど規制が緩かったためです。後ほど述べますが、政府はこうした分野にも規制を広げようとしています。かつてのオイルショックの直後のように、省エネは企業にとっては利益と義務の双方から行動が迫られるものになるでしょう。
「温暖化を止め、エネルギー消費を抑えるためには、政策での目標設定、そして現場での実践という多角的な取組が必要です。ですが、すべての始まりは、エネルギー使用の『見える化』。これは、家庭や、あらゆる産業の省エネにも当てはまります」(岩崎社長)。世の中には電力やエネルギーの動きを示す統計はあふれています。しかし、人々の削減行動につなげるには、「使い方」に特化した情報が必要かもしれません。
岩崎社長は自らのビジネスを環境教育にも応用しています。埼玉県の私立大妻嵐山中学校・高等学校にアイデアを提供しました。同校は2007年5月から校舎に計測器を設置して生徒が校舎の消費電力を計測し、そのデータに基づいて生徒たちが、余計な電気を消すなどの節電をしています。2007年にはその前年と比べ、金額にして約130万円の電気代が減りました。
同校は理科系の学習で利用するため、電力使用のデータを統計処理の教材としても使うことを考えています。将来的には季節・天候などによる電力使用の変化の分析、さらには時間帯や空調・照明といった機器別の細かいデータ分析へと発展させる予定です。
また生徒たちは、学んだ知識を使って学校周辺の地域社会、また家庭での省エネ活動も始めています。「こうした生徒たちが大人になり、社会で省エネを進め、次の世代に教える。こうした動きが社会を変えていくでしょう」と岩崎社長は、自らのアイデアの広がりに期待します。
ビジネスが社会を変え、同時にそこで生まれた知恵が教育に応用され、さらに社会を変えていく。温暖化問題でも、こうした素晴らしい循環が、ささやかながら始まりました。それが広がることを期待します。
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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」
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