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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

新たなビジネスが温暖化を止める〜1・無尽蔵のエネルギー「地中熱」を活かす

2008年4月17日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

 このブログでは、私の考えだけではなく、温暖化をめぐる経済の新しい変化について、みなさんにお伝えしようと思います。ユニークなビジネスを行う環境ベンチャーを取り上げてみましょう。

■「熱」を作り出す新技術

「地中熱」という新しいエネルギーを知っていますか。夏場に井戸水に手を触れると冷たく感じるのに、冬に同じ水を温かく感じる。こうした経験をした人は多いでしょう。地下10〜100メートルの地中の温度は10〜20度の間で常に一定なのですが、この現象を使ってエネルギーを作りだす技術です。「今まで使われていない無尽蔵のエネルギーを使う。これは世界を変え、温暖化やエネルギー問題の有効な解決策になるでしょう」。これを提供するアースリソース(東京・八王子市)の小川忠彦社長はこのように話します。

 同社は「アースリソース・システム」と呼ばれる地中熱システムの販売や施工、環境コンサルティングを行うベンチャー企業です。小川社長は建設会社を経営して新しい技術を探すうちに、地中熱に出会いました。公共工事などで試験的に行われていたのですが、小川社長は自ら研究を重ね、2004年から地中熱システムをビジネス化しました。これをビジネスとして提供する企業は、同社以外に国内ではほとんどありません。

「これまでは『温暖化を防ごう』というイメージで環境問題が語られました。2008年は『環境元年』。どういうものを、どういう仕組みで、現実に落とし込むか。実行の始まる年になるでしょう」。環境ベンチャーに吹き始めた「追い風」を小川社長は感じています。

「アースリソース・システム」では地中にパイプを張り巡らせ、水や不凍液を循環させます。一定の温度を保つ井戸水を利用することもあります。液体は熱を伝える役割を果たし、夏は地中に熱を逃がして家の温度を下げ、冬には地中から熱を取り込みます。循環する液体で「ヒートポンプ」と呼ばれる発電装置を動かして電気を作り出します。

 給湯設備や冷暖房などの「熱」のために、家庭で使用するエネルギーの約4割が必要となります。このシステムは熱を作り、エネルギーを節約するわけです。例えば、一戸建て5LDKでエアコン4台、給湯機、床暖房を使うモデルケースを考えると、従来は年間約約40万円だった光熱費が、その4分の1以下の約9万円にまで減少します。そして、CO2は排出量換算では50〜60%減ります。

 もちろん、このビジネスでもコストが課題です。一戸建て家用には500万円前後のシステムの導入費用が必要となります。経済産業省の外郭団体であるNEDO(新エネルギー開発機構)を通じて、国から補助金が公共建築物の場合には約半分、民間の場合には約3分の1支出されます。10年以内で初期投資が回収されて元が取れる計算になります。

 またアースリソースは、リース会社と組んで設備を導入することも始めました。大型商業施設や病院にリース会社の所有するシステムを貸し出す形で、導入コストを下げると同時に、リース会社にも利益をもたらす形です。地上3階・地下1階の病院に導入した例では、年間1060万円の電気代が630万円に減少し、リース料は年間350万円にと、80万円の節約になった例もありました。ですが小川社長は「補助金を期待する産業は、たいてい成長しません。普及でいずれコストを引き下げたい」と話しています。

■「地中熱」で持続可能なコミュニティを

 再生可能エネルギーの中で、「地中熱」はとても有望なものであると筆者は考えています。半永久的に地中の熱を使い続けられる点、そして構造がシンプルでさまざまな分野に応用が可能な点に、注目しているためです。

 小川社長は、暖房を使う寒冷地の農業や、都市部のインフラでの応用を検討しています。都市での熱エネルギーの大量消費は、さまざまな問題を引き起こしています。その一例として夏場の冷房で熱が発生し、都市中心部の気温が上昇する「ヒートアイランド現象」があります。熱を大気に発散しない地中熱は、問題を解決する手段になるかもしれません。

 アースリソースには大手住宅メーカー、そして電力会社から提携が持ちかけられています。かつて大企業とベンチャーの間では、ビジネスで距離がありました。「いい技術を持ち、まじめに取り組めば、ベンチャーでも必ず受け入れられる。そういう時代になりました」と、小川社長は時代の変化を感じています。

 ビジネスの現場から見て、新ビジネスを助けるために、どのような政策が必要でしょうか。「国に助けを求め続けるつもりはありません。『CO2減税』は、建設業界を大きく変えるでしょう」と小川社長は指摘しました。補助金の申請は、行政との調整で手間がかかります。しかし、「CO2を減らせば得をする」という仕組みを作り、住宅メーカーが自発的に行動するようにすれば、普及は一段と進むという考えです。

同社は株式公開の準備を進めていますが、「上場は通過点にすぎません」と、小川社長は話します。このシステムを使えば、熱エネルギーを、安く、しかも半永久的に使える地域社会を作れます。「私のビジネスのテーマは、子供がいかにすごすか、そして落ち着いた形で人生を終えるかです。お年寄りと子供が安心できる場を作ることに、地中熱は使えます」と、小川社長は希望を述べます。

 そのために小川社長は病院や老人ホーム、学校など公共施設に地中熱の提供をしています。また人間の感覚を刺激する奇抜な建築で有名な、建築家の荒川修作さんと組んで「天命反転幼稚園」というユニークな建物の建設を、東京三鷹市で行うことになりました。ここでは、エネルギーの作られ方や使われ方を子供や家族に見せて、地球環境との向き合い方もメッセージとして伝える試みを始めます。

 さらに地中熱を海外に売ろうと、小川社長は努力を続けています。韓国では導入実績があり、モンゴルの首都ウランバートルでも、都市インフラの一部に試験的に使われることになりました。モンゴルは自然の豊かな国とのイメージがありますが、都市部の大気汚染は深刻です。効率の悪い旧ソ連製の暖房システムで大量に石炭が使われているのです。地中熱は、それを改善する手段の一つと期待されたのです。

「地中熱を使って世界のあらゆる場所で、持続可能なコミュニティを作り上げる手伝いをしたい。そして温暖化問題を解決したい。世界中にいる『意識の高い人』は必ず関心を示してくれるでしょう」。小川社長はこうした期待を抱いていました。ベンチャー企業の創業者に会うと、エネルギッシュでビジネスの将来性に確信を持ち、楽しみながら仕事をする魅力的な「オーラ」を発する人に出会います。小川社長もそうした力を持つ人でした。企業家の夢が温暖化問題を解決する。こうした希望を抱かせる新たな動きが始まっています。


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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。