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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

北極海から氷が消えたら?〜科学からのメッセージを聞いてみる(その2)

2008年3月13日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■温暖化で始まった「死のマラソン」

 (前回からの続き)その上で、山本教授は気味の悪い数字を教えてくれました。20世紀後半から、確認されているだけで1700の生物種が10年で約6キロメートル、より気温の低い北極、もしくは南極の方向に移動したと観察されています。温暖化によって、いわばあらゆる生物が「死のマラソン」を強制されているのです。

 地球の平均気温が産業革命以前と比べて約2度上昇すると、人類の生存が脅かされるとされます。すでに約0・7度上昇しています。1・5度の上昇でも約175万種いる生物種の10%が絶滅する危険があります。特に長距離を移動できない植物や、小型動物が危険です。「多様な生物種と共存することで人類は生存できるのに、その条件が今この瞬間に崩れているのです。温暖化の危機的な状況を認識するべきです」と話しました。

 そして山本教授が警戒するのは「温暖化の暴走」です。たとえば北極圏の凍土が温暖化によって溶け、その中にたまったメタンガスが放出されつつありますが、その影響はまだ明確には観測されていません。メタンガスは温室効果が高いガスとして知られています。つまり「温暖化がさらなる温暖化の原因を生む」という悪循環が始まっている可能性があるのです。IPCCは科学的予測の不確実性を強調していますが、良い方向に行く可能性もあると同時に、予想以上に悪い状況に陥ることもともにありえます。

「これまでの気候モデルの想定しないことが次々に起こっています。突如、気候が一変する。そのリスクを警戒しなければならないのです」と山本教授は指摘しました。

■議論される3つのシナリオ

 IPCCの第4次報告書は、世界のいたるところで、議論を巻き起こしました。しかし、08年時点で科学者の間では、「いかに温暖化を止めるべきか」という点で、もう一歩先に議論が進んでいるようです。

 山本教授によれば、世界ではCO2など温室効果気体の排出量を、どこまで引き下げるべきかが検討されています。地球の表面温度上昇を何度以下に抑制すべきかと言い換えても同じです。そこでは大きく分けて、産業革命前に比べ、「3度上昇」、「2度上昇」にとどめるか、さらに「現時点からの気温の引き下げ」という3つのシナリオが示されています。

 その議論はCO2の濃度と密接に絡んでいます。「3度シナリオ」では550PPMに安定化、「2度シナリオ」では450PPMに「引き下げ」は320PPMに安定化しなければならないと、されています。ここでいうPPMとは大気の濃度のことで、産業革命以前(1700年代)のCO2は280PPM、化石燃料を大量に使っている現在は380PPMになっています。

 「引き下げ」は、化石燃料を使えない状況に陥りかねず現時点で即座に行うことは不可能でしょう。「3度シナリオ」は、地球環境のために危険過ぎます。「だから『2度シナリオ』を選択し、それを実現しなければなりません」と、山本教授は話しました。

 それでもかなり大変です。IEA(国際エネルギー機関)は、07年11月に「エネルギー需給見通し」を発表し、いくつかのシナリオを検討しました。このまま何もしなければ、2030年には05年比でエネルギー需要が55%も増加してしまいます。

 一方、CO2濃度の現状の安定化を図る「安定化シナリオ」も想定しました。これは、上記の「2度シナリオ」に該当します。そこでは、2030年にエネルギーの増強を05年比で23%に抑える一方、CO2排出量を14%減らす道筋を示しました。石油や石炭、天然ガスの割合をいずれも減らし、水力やバイオマスをはじめとする再生可能エネルギーの割合も増やすことを想定します。これに加えてCCS(炭素の回収・貯留)を行えば、このシナリオの実現も不可能ではないとしています。

■未来の危機と、今のコストをどのように判断するのか

 しかし、実現は大変です。IEAのこの調査では、05年比で30年までに太陽光発電を現在の100倍、風力発電を20倍にする。そして原子力発電所を世界で230基以上建設(現在は約440基)などの、大変な努力をしなければなりません。

「原子力発電の是非に議論があることは承知していますが、目先の対策は原発の建設しかないでしょう。『エコプロダクツ』と呼ばれる省エネ製品の普及など、社会のあらゆる場面で省エネを進める社会の変化を進めなければなりません」。大型原発1基の建設コストは、日本で3000億円以上とされます。大変な負担が社会に加わることは間違いないようです。

「それでも、温暖化を止めなければなりません」と山本教授は強調しました。環境問題で知られるイギリスのチャールズ皇太子は、温暖化との戦いを『世界大戦』と形容しました。山本教授もこの言葉を引用しながら次のようまとめます。「科学のメッセージは『人類が危機的な状況にある』ことを示しています。今までの社会体制が維持できないばかりか、人類の存亡を左右します。戦争へ勝利するためと同じように、何でも試す。残された時間は10年程度しかないでしょう。決意と実行が求められます」。

 温暖化をめぐって、私たちに課せられた宿題はとてつもなく難しい問題のようです。そして、「何とかなるさ」という根拠のない楽観論や、無関心が広がる日本の現状は大丈夫なのかと、心配になります。

 私はこれまで温暖化問題を経済の観点から見つめてきました。だが本当に「温暖化を止める」ということを決意するならば、そのコストは現時点での技術では大変な金額になります。未来に起こるかもしれない災害と、私たちの今の利益をどのように調整すればいいのか。答えはなかなか見つかりません。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。