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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

コストをどうする?再生可能エネルギー〜ヨーロッパの経験から

2008年2月28日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■EUの挑戦は可能なのか?
 温暖化対策の中で、再生可能エネルギーの期待が高まっています。これは無尽蔵の自然の力を使うため、CO2を出さないためです。水力、地熱、太陽光、風力、バイオマス発電などを総称し、開発が進む水素エネルギーを加えることもあります。

 「再生可能エネルギーの利用割合を、2020年までにエネルギー供給の20パーセントに引き上げる」。EU(欧州連合)が今年一月に打ち出した、温暖化対策案に私は驚きを覚えました。EU委員会によれば、20年にスウェーデンは49%、主要国ではドイツ18%、フランス23%、イギリス15%を、エネルギーの発生(一次エネルギー供給)時点で、再生可能エネルギーにするということです。日本は05年に5・1%にすぎません。本当に可能なのでしょうか。

 現時点の数字を調べると、日本は他国に比べてそん色はありませんでした。05年時点で、EU全体では6・6%。イギリスは1・7%、ドイツは4・7%、フランスは6・9%にすぎません。ちなみにスウェーデンは29・6%です(注1)。

 ちなみにスウェーデンは、森林資源を使った木材の利用が盛んであることに加えて、人口約900万人の小国であることからこの割合を達成したようです。国情が違うゆえに再生可能エネルギーの割合の高さを、単純に比較することも無意味であるとも思えます。

 現状から判断すると、技術上の大きなブレークスルーがない限り、再生可能エネルギーの割合を各国が大幅に引き上げることは難しいでしょう。EUの政策案を英文で読んでも、その達成手段は書かれていませんでした。EUは27カ国の連合体であるため、EU委員会は各国を引っ張るために頻繁に「政治的目標」をかかげます。この政策案も、実現可能性を厳密に考えたものというよりも、「目標」という意味あいが強いようです。

■「環境先進国」ドイツの電力料金

 EUの温暖化政策を引っ張るドイツは、自然エネルギーの導入に積極的です。太陽光発電パネル生産のトップの座を、日本はドイツに05年に抜かれました。ドイツでは電力会社に強制的に民間の太陽光発電の電力を強制的に購入させる「固定価格買取制度」という政策を導入していますが、それが奏功したのでしょう。

 しかし、この制度は正の部分もあれば、負の部分もあります。一連の政策は産業界と家計に負担をもたらしました。興味深い資料があるので、紹介しましょう。かつて「世界一高い」とされた日本の電力料金を、ドイツのそれが追い抜いているのです。

 2003年時点で、産業用電力では、日本は1キロワットアワー当たり0・117ドル、ドイツは0・075ドルでした。ところが、07年時点では日本0・121ドル、ドイツ0・124ドルと逆転しました。家庭用電力でみると、03年時点で、日本は0・179ドル、ドイツは0・136ドルでした。07年時点では、日本0・174ドル、ドイツは0・189ドルとなっています(注2)。

 同じ時期にユーロが対円で上昇した影響もありますが、日本の経産省は太陽光発電の強制買い取り制度をはじめとする温暖化対策の強化、公的負担の上昇が電力料金の高騰に影響を与えたと、分析しています。この制度の負担は2012年まで年間最大で30億ユーロ(4800億円)の負担を電力会社に強いるとの試算もあります。国際エネルギー機関(IEA)は報告書でドイツの制度について、「より市場ベースの政策への移行を検討するべき」との評価を出しているそうです。

■コストの受け止めをどうする?

 再生可能エネルギーの普及を進めるべきであることに、異論を唱える人はいないはずです。エネルギー自給率が5%しかない日本は、その経済体質を改善しなければ、国の存続さえ危うい状況です。しかし、現実にはコストの問題、さらには社会全体が化石燃料に即した構造になっているために、その普及はなかなか容易ではありません。

 資源エネルギー庁の資料によれば、最も効率敵に発電した場合、1キロワットアワーのコストは、06年時点で、石油火力10円、天然ガス火力5・8円、石炭火力5・0円、原子力4・8円となっています。しかし、再生可能エネルギーでは、水力8・2円、太陽光46円、風力10〜14円、廃棄物発電9〜11円、水素燃料電池(住宅)22円です。もちろん石油価格の高騰でこの数字は現時点で変わっているでしょう。しかし、その歴然たるコスト差を見れば「再生可能エネルギーの普及を進めよう」と言うことは簡単ですが、実際に行うのは難しい状況です。

 世界的なインフレが広がり、日本の物価も上昇の兆しをみせています。バブル崩壊以来、約17年ぶりに訪れた値上げ局面に、多くの人が戸惑っています。この社会の動揺をみると、短期的には一段の物価の上昇をもたらす再生可能エネルギーへのシフトを世論が許容するとは思えません。

 EUと加盟各国は現在、新エネルギーの導入で高い目標を掲げています。そして新しい政策を打ち出しています。私はその意欲的な態度や、それを許容には敬意を持ちます。しかし、こうした行動の失敗と成果を冷静に観察してもよいのではないのでしょうか。一本の法律、新税の導入など、一つの規制が私たち一人一人に予想をしなかった影響を与えかねないのですから。

(注1) 出典は経産省・産業構造審議会資料。
(注2) 同上。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。