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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

消費者と企業の新しい関係〜「環境」が売れる商品のキーワード

2008年2月21日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■「プリウス」の成功の秘密は?

「ひとつ聞いていい? 自分が気持ちいいことと、環境に気を配ること、両立するにはどうすればいいと思う? 僕の答えは、このハイブリッド」。

 俳優のレオナルド・ディカプリオさんを使った、トヨタ自動車のハイブリッド車「プリウス」のコマーシャルを、読者の皆さんは覚えているでしょうか。この言葉は振り付けでなくディカプリオ自ら語った言葉だそうです。

 2003年のアメリカのアカデミー賞にはディカプリオさんをはじめとして、ハリウッドスターたちが、授賞式の会場にプリウスで乗り付けました。ある環境NGOの呼びかけに、トヨタの現地法人が車を提供したためです。これは「環境配慮がかっこいい」というプリウスのイメージが、世界に定着するきっかけになりました。プリウスは好調な売り上げを示しています。

 ハイブリッド車は、ガソリンエンジンと電気モーターをともに搭載して、そのモーターの電気を使いながら走る車で、排気ガスやCO2の排出が同エンジンクラスの自動車として走る車です。しかし「環境にやさしい」商品は、多くの場合に余分なコストを消費者に強いることになります。もちろんハイブリッドカーもやや値段が高め。そして、ディカプリオさんは、3台のプリウスを所有する愛好者だそうです。

 複数の車を持つ彼の態度は「浪費」といえますし、ハイブリッド車といえども化石燃料を使う以上、その存在は温暖化問題にマイナスとなることは間違いありません。しかし、商品に「快適さ」「かっこよさ」のイメージを植え付けることにトヨタは成功しました。ディカプリオさんの言葉には、「負担」や「我慢」といった暗さは、みじんもありません。(注1)

「環境にやさしい」点だけをアピールしても、商品は売れません。また環境のカテゴリーの中にある「温暖化防止」だけを強調しても、一層売れないでしょう。そして、プリウスの成功は、製品自体の素晴らしさに加えてトヨタという優良企業の企画力、技術力といったものが総合的に発揮された結果です。

 しかし、商品基本性能が消費者のニーズをとらえた上で、「環境」「温暖化防止」を織り込むとその商品は光り輝いて見えるようです。プリウスは、企業と商品、そして消費者と商品の新たな関係を教えてくれます。「環境」を上手にイメージに織り込めば、商品は売れるかもしれないのです。

■消費者に定着しつつある環境志向

 「『環境重視派』の人々は企業に敵対的で、ものをあまり買わない」。ビジネスではこんなステレオタイプの見方がありました。ところが、環境を重視する人は、実はお金持ちで、消費を楽しむ人たちだった——。こうした意外な結果が調査で示されています。
 
 以前紹介したLOHAS(ロハス:Lifestyles Of Health And Sustainability)という考えを持つ人々の集団がいます。「日本の消費者の25%前後がロハス層」という内容のリポート「LOHAS消費者動向調査」を、イースクエア(東京港区)が2005年から発表しています。マネージャーの西口聡子さんに、消費者の新たな動きを聞きました。

 2007年のリポートでは、成人男女(20〜69歳)で「環境・健康・社会問題などに関心を向ける」という「ロハス層」は24・6%を占めます。どんな人たちなのでしょうか。2005年の調査では、男女の比率は半々、50〜60歳代の年配層が他の社会階層よりも若干多いそうです(他は1割弱なのに1割強)。半数近くが年収600万円以上とやや所得が高く、半数以上が大学卒以上の学歴という結果になっています。また社会問題に対する関心が高いため情報や流行に敏感で、買い物好きでもあります。

 価値観の面もみてみましょう。健康に関する意識を見ると、「自分や家族のために環境に配慮する必要がある」という項目に対して、「非常にそう思う」とする人が常に約4割を占め、これは全体の平均約2割を大きく引き離します。
 
 また「環境問題に関心がある」「環境によい商品を試したい」「環境に良いことをした後は気持ちがいい」「経済にとって多少マイナスになっても環境を大切にするべきだ」という点で、全体平均より10ポイント程度「非常にそう思う」という人の割合が高くなりましたす。社会問題についても、「女性や子供の権利」「再生可能エネルギー」「持続可能な農業」などに関心を向けています。

■難しいビジネス現場への落とし込み

「環境を重視しているのに、消費にも積極的な人々が社会に25%前後は存在する。そして、所得がやや高い」。イースクエアのこの調査結果は、多くの企業の関心を集めました。

 しかし「エコ(環境)だけに注目しても、消費者の大半は動かないでしょう」と西口さんは指摘します。環境を重視する消費者が着実に増えていますが、「商品を選択する理由でエコだけがトップになることはないでしょう。自分のメリットにもなって、環境にもいいと思われたときに、その商品が消費者に一段と輝いてみえるのではないでしょうか」(西口さん)。

 同時にエコの側面にくわえて、「エゴの側面も持つ人々です」と西口さんは指摘しました。「上昇志向が強く自己啓発に関心が高い」。「買い物が好きでトレンドへの関心が強い」。「企業の姿勢が自分の価値観とあっているか、そして使って気持ちよさを感じるかどうかが商品選択のポイント」。「情報を集めることには貪欲」。調査によれば、こうした特徴を持っています。
 西口さんの観察によれば、ロハス層は商品の質の高さを求め、満足をしなれば買いません。また、情報に敏感で、メディアだけでなく口コミや専門家の意見などでチェックを行い、店頭で自ら商品を見極めたうえで購入する傾向があります。

 この人々は厳しい目を持つ消費者といえるでしょう。

■消費者が社会を変える期待

 複雑な社会を、一つの調査だけで論じることは、本質を見誤る可能性がありますので慎重でなければなりません。しかし、消費の現場で環境を考える人々が、企業に影響を与えていくことは間違いないでしょう。しかも、彼らは企業人でも、社会の構成者でもあります。株主、地域社会など、さまざまなステークホルダー(利害関係者)と企業の関係が深まる中で、こうした人々は外からみた企業のイメージに影響を与えるはずです。

 トヨタのプリウスの好調な売れ行き、アウトドア製品の製造・販売を行いながら環境保護を訴える企業「パタゴニア」の成長など、私たちの身の回りには商品の基本性能の高さと同時に「環境」をうまく取り込んだ商品が成功をおさめる例が増えています。

 ビジネスと環境保護は対立するものではありません。企業と消費者の相互の協力によって、温暖化を防ぐ方向に経済界が動き始める。最近の企業の動きから、私はそんな期待を抱いています。

【注1】プリウスの分析は、「地球温暖化で伸びるビジネス」(日本総合研究所編、東洋経済新報社)の記事を参考にしました。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。