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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

温暖化リスクとビジネスが結びつく〜天候デリバティブを使いこなせ!

2008年2月14日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■異常気象に直面した野菜問屋

 「天気はどうなるのだろう」。広島県大竹市の野菜卸問屋「おおたけ」では、2000年ごろから、社員が毎年空を見上げながら心配していたそうです。そのころから異常気象が続いて、業績に悪影響を与えていました。04年にはこれまでの観測史上で最多となる10個の台風が日本列島を直撃しています。同社の年商は約20億円ですが、台風ひとつで最大数百万円の損が出たこともありました。
 
 しかし、「いまは少しだけ気が楽です」と同社の田村知志(さとし)取締役は話します。「天候デリバティブ(金融派生商品)」を05年から契約しているためです。これは特殊な金融商品で、顧客が保険手数料を支払ってあらかじめ気象条件を設定し、それが達成されると保険料が支払われる仕組みです。ある地方銀行を通じて、大手損害保険会社と契約を結んでいます。
 
 契約の詳細は明らかにできませんが、同社は05年に「台風デリバティブ」を始めました。福岡県中部から高知市近郊までに線を引き、9月から10月に台風が通過すると決められた金額を受け取れます。この線は西日本の野菜の産地を網羅しています。また06年は台風に加えて、「気温デリバティブ」を契約しました。これは広島市内のある気温を設定し、6−9月の夏場に定められた日数を上回ると、保険金を受け取れる仕組みです。
 
 05年は保険料を上回る保険金が受け取れましたが、06年は保険料のほうが高め、07年は収支トントンだったそうです。また、気温デリバティブについては、産地と広島市内の気温は離れるため、メリットが少ないと田村さんは判断しています。そして今後は産地の降水量でデリバティブを設定できないかと検討しています。
 
■温暖化リスクを管理する手段に
 
 流通の中間を担う「問屋」のビジネスは、どの産業でも厳しい状況にあります。野菜問屋のおおたけも例外ではありません。同社の購入先である生産農家は行政や組合に守られ、安く買える状況にはありません。一方、販売先であるレストランなどの外食産業は、デフレの残る中で売上単価が伸びず、その先には外食での高額な出費を手控える消費者がいます。小売り側に販売価格の上昇で転嫁できない事情があるのです。

 そして「葉物」と呼ばれる野菜は天候次第で出来不出来が左右されます。10キログラム当たりの卸売価格でキャベツは1100円、レタスでは3500円(東京青果市場のの2月初頭の卸売価格)程度ですが、この値段が2倍にも2分の1にもなります。さらに、レストラン側は新鮮な品物を求めます。こうした気候変動による経営上のリスクを、新しい金融的な手法で減らそうとしているのです。

 天候デリバティブの利用には、どんな難しさがあるのでしょうか。過去の気象データと収益を調べて、どのように天気が変われば会社にどのような損が出るのか、そしてどのように契約を結べばリスクを減らせるのかを考えることが大変だそうです。「温暖化により、今後も猛暑、多雨、長雨、少雨、台風、厳冬といったリスクを過去のデータから行えなくなるのではないでしょうか」と田村さんは話しました。

 契約前まで何カ月もの間、自社の収益や野菜価格のデータ、そして各産地の過去から現在までの気象データと、田村さんは向き合って考え続けます。「台風襲来などの異常気象をゲーム感覚で楽しめるのではないか」。こうした問いに、田村さんは「とんでもない」と顔を曇らせました。「台風が来ないで、本業をできる形が一番いい。『ばくち』や投機の考えはまったくありません」と強調しました。「各産地を走り回っている社員のことを考えると決断が怖いですね」と真剣です。

 天候デリバティブは、2000年ごろに保険の規制緩和とともに登場しました。「桜の遅咲きで損失補償」「ゴルフ場の降雨リスク回避」など、もの珍しさを背景に話題になりました。大手損保の担当者によれば「お客さま顧客はゲーム感覚で購入するわけではありません。リスク管理の有効な手段にしています」としています。着実に販売件数は広がっています。2000年ごろ登場した天候デリバティブは、補償金額ベースで2007年には日本で700億円規模、世界ではその10倍の規模にまで広がっています。
 
■温暖化リスクをビジネスが減らす

「異常気象と温暖化が企業経営のリスクになる」
「そのリスクを金銭で評価して、金融取引で解決する」

 こうした特徴を持つおおたけの行動は、世界のあらゆる場所で今起こっていることと同じです。温暖化をめぐって、ビジネスの姿が急速に組み換わっています。リスクの領域では、それを軽減するために「天候デリバティブ」という手法が開発され、企業活動をサポートすると同時に新たなビジネスとして成立していました。
 
 「道義的な義務に基づく個々の努力で解決するべきだ」。「エコな行動が解決策だ」。温暖化問題について、こうした考えが根強くあるようです。そのためにビジネスや、その中の金融取引と温暖化問題が密接に結びつくことに、意外感や違和感を持つ向きがいるかもしれません。しかし、「地球を救え」という理念だけでは、人は動かないし物事は進みません。

 おおたけと田村さんの苦悩を見ると、温暖化への不安を一段と感じます。同時にそれに立ち向かう企業や人々の力強さと、ビジネスが変わる可能性も同時に認めることができました。
 
 「神の見えざる手」——。人々が利益を追求する行動によって、合理的な価格の形成と資源配分が実現される。こうした市場の力、そしてビジネスの力を18世紀のイギリスの思想家アダム・スミスは印象的な言葉で表現しています。温暖化問題でも、ビジネス上の「利益」という動機が人々を動かし、市場メカニズムを通じて経済や社会を変えていくのではないか。もちろんそれだけで解決できない問題がたくさんあることは承知していますが、それでも私はビジネスの力に期待したいと思います。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。