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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

空気はもはやタダではない〜世界に影響を与えるか?EUの温暖化対策案

2008年1月31日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■ビジネスを変えていくEUの規制

 1月23日にEU(欧州連合)は「ポスト京都」、つまり京都議定書の約束期間の後である2013年以降の地球温暖化対策案を発表しました。予想以上の厳しさに、私は驚きました。この制度案の意義をひとことで要約すれば、「空気がもはやタダではなくなった」ということです。。

 EUは2005年から始まったEU域内排出権取引制度(EU・ETS)の下で、各国政府を通じて企業に排出権(CO2を排出する権利)を企業に無償で割り当ててきました。その上で、排出量を減らした企業、足りない企業が、市場で取引をしてきました。新たな対策案によれば、それを2013年から変更し、EUと各国政府が定めた排出枠を、企業が公開入札で購入する「オークション方式」に原則移行するのです。それでも排出枠が足りない企業は、既存のEU・ETS市場からお金を出して調達することになりました。

 つまりビジネスチャンスがあっても排出枠を確保しなければ企業は行動ができないのです。下手をすれば、「CO2倒産」が起こるかもしれません。EUの排出権取引では、2007年に1CO2トン当たり約5〜30ユーロ(約750〜4500円)と乱高下しました。価格シグナルを毎日横目でにらみながらビジネスを行うことになるでしょう。(注・イメージをつかむために示すと、日本人のCO2排出量は約10トンで、英独とほぼ同じです。2005年)

 その他の対策案のポイントをまとめましょう。
▼2020年までに温室効果ガスの削減を1990年比20%削減するために、各国に数値目標を設定する。
▼EU全域のGDPの0.5%に当たる年間600億ユーロ(9兆3000億円)のコスト負担を、主に企業に加える。
▼再生可能エネルギーの利用割合を20パーセントに引き上げる。各国は10%以下の国が大半。ちなみに日本は2%未満です。こうした社会変化によって、数百万人の新規雇用が生まれるとしている。
▼アメリカの州政府など、各国の排出権取引市場と連携を進める。

 企業にかかる負担は、市場メカニズムを通じて消費者に転嫁された場合に1週間で3ユーロ程度(約600円)としています。この対策案の審議は難航しそうですが、実現すればヨーロッパ社会の姿は大きく変わるものになるでしょう。4億6000万人・27カ国の人口を抱えるEU経済圏でのビジネスは、CO2が成否を分けることになります。日本のグローバル企業もその影響は避けられません。そして、世界各国の制度にも影響を与えていくでしょう。

■覇権争いと「あいまいな日本」

「温暖化への戦いは世界大戦だ」。環境活動で知られる英国のチャールズ皇太子は話したそうです。これは一例ですが、ヨーロッパ社会に広がる温暖化への強い危機意識が、厳しい温暖化対策案の背景になったのでしょう。

 そして温暖化問題への対応は、「次の世代のために地球を守る」という倫理上の要請だけではありません。誰が世界の次のルールを作るかという「覇権争い」でもあります。その覇権を勝ち取るため、EUは先駆けて「ポスト京都」の制度づくりを打ち出したのでしょう。ヨーロッパ製のルールが「国際基準」となって、国際政治やビジネスの枠組みが作られていくかもしれません。

 ブッシュ政権の温暖化への消極的姿勢やエネルギーの浪費のイメージから、「温暖化対策でアメリカは遅れている」とのイメージが日本で広がります。それとは裏腹に、アメリカのビジネス界はしたたかに準備をしています。たとえば、EU−ETSで活発に動いているブローカーはアメリカのシカゴ気候取引所の子会社で、市場の決済制度をアメリカの金融機関が担っているそうです。また、ICAP(国際炭素行動パートナーシップ)という機関を通じ、アメリカの各州政府は、欧州の排出権取引市場と連携する構えを示しています。

 一方、日本はどうでしょうか。日本経団連の「自主規制措置」を尊重しながら、EUにくらべ緩い規制による「ファジー(あいまい)」(シンクタンクの研究者)と、形容される政策を続けています。EUのような「キャップ・アンド・トレード」、参加者に上限を設ける排出権取引や、炭素税も導入されていません。負担の調整が難しく、「あいまい」という選択をせざるを得ませんでした。

 ファジーであることは、デメリットも生み始めています。グローバルにビジネスをする機械メーカーの環境部長の話を聞く機会がありました。EUの情報収集を進めながら、「CO2をめぐる国際的なルールがまちまちで、困惑しています。はっきりと自国の進む方向を打ち出すか、もしくはEUの制度にならうかはっきりしてほしい」と、困惑していました。

 福田康夫総理は1月27日、世界のリーダーの集まるダボス会議(世界経済フォーラム)で、「クールアース・パートナーシップ」という構想を発表しましたが、英語検索をする限り、海外メディアの反応はいまひとつでした。インパクトのあるEUの動きの前にかすんでしまったようです。

 強い意思を官民一体で示すEUの動きと比べると、「削減する」と強い意志を示さない日本のあいまいさは、ビジネスや国際政治の上で、リスクを生みはじめたような気がしてなりません。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。