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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

環境の日欧「発信力格差」〜なぜ日本は目立てない?

2008年1月17日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■「ホワイト」ではなく「グリーン」ウェディングはいかが?
 
 結婚式に出る食事はどの程度、残飯となるか知っていますか。約23%もの料理が、そのまま捨てられるという調査があります(注1)。食事だけではなく、豪華な花、引き出物、海外旅行……。幸せな門出にケチをつけるわけではありませんが、冷静に考えると結婚式は環境に負担になるイベントです。

 ヨーロッパでは環境に配慮した「グリーン・ウェディング」(green-wedding)が増えているそうです。イギリスの高級紙ガーディアンによれば(注2)、途上国の生産者を搾取しない公正な貿易(フェアトレード:fair-trade)、また動物実験をしない(クレルティフリー:cruelty-free)という形で作った、麻などのウェデイングドレスを花嫁に提供する業者があります。インド洋のセーシェル諸島で、エアコンもテレビもないロッジに泊まりながら地元のウミガメを保護するパトロールに参加する新婚旅行ツアーがあります。

 食事の面では、同国のベジタリアン協会が有機栽培(オーガニック:organic)の食品・料理を提供する店を紹介しています。結婚指輪では戦争の資金源として使われるアフリカ産の「紛争ダイヤモンド」ではない証明書が発行されます。この種のダイヤは別名で「血塗られたダイヤモンド」(blood diamond)と呼ばれ、環境問題へ強い関心を持つ俳優レオナルド・ディカプリオが主演した映画のテーマになりました。
 
 ある研究者に聞いた話ですが、ヨーロッパでは結婚式で使ったエネルギーをカーボン・オフセット(carbon-offset)する動きが広がっています。排出されたCO2を、植林などの手段で吸収を増やして相殺するのです。また食べ物の生産履歴、特にエネルギーをどの程度使って作られたかを表示するエコロジカル・フットプリント(ecological-footprint )、食品の原産地や製造で移動する距離を表示して遠方から運ぶことを避けるフード・マイレージ(food-mileage)という考えがあります。それに基づいて、結婚式ではなるべく近くの産地からよい食材を取り寄せて作った料理を提供する動きがあるようです。

 結婚式は新生活の始まりで、子供の誕生など未来を連想するイベントです。次の世代のことを考え、「グリーン」な方向を選択するカップルが増えているのでしょう。

 余談ながら「夜の生活」でも、温暖化や環境に配慮した方法があるとか。私はこの分野の専門家(?)ではなく、詳細な説明をすると意識の高い「WIRED VISION」の読者の皆さまを困惑させかねません。ご興味のある方は“green sex” “eco sex”と英語サイトで検索してみてください(笑)。

 一方、日本ではどうでしょうか。あるウェディング・プランナーによれば、グリーン・ウェディングについて「お客さまの関心があまりありません」とのことでした。最近の結婚式のトレンドは「個性化」で、貸し切りの邸宅でパーティ形式の披露宴が増えているそうです。華美な装飾は減る傾向にあるものの、食事などは年々豪華になり、結婚費用も増加傾向にあるそうです。

 オーダーメードになるほど利益率は拡大するため、企業側としてはグリーン・ウェディングが増えることは望ましいそうです。しかし、この種の結婚式を試しに紹介したら、カップルが「ぽかんとした様子」で聞くことが多かったといいます。「最近は自分の周囲の世界の幸せだけに関心を向けるカップルが増えているように思えます。それが影響しているのでしょうか」と、このプランナーは話していました。

■「ヨーロピアン・ドリーム」が世界を席巻するのか?

 上述の英語で記した言葉は、いずれも環境・温暖化問題を語る上で注目されている新しい概念(コンセプト)です。いずれもこれまでにあった現象ですが、名付けられ、社会に影響を与える存在に変わりました。これらの言葉を英語で検索すると、膨大な情報がWEB上にあることがわかります。

 現象や思想はコンセプトとしてまとめられ、名前を持つことで、人間の思考の中で存在する対象となります。そして、社会がそれを受け入れ、使いこなし、定着させることで、意味を抱き、時には力を持ちます。「言霊」(ことだま)という表現が示すように、古代社会では言葉や名前に魔力が宿るとされていました。そうしたコンセプトを作りだす言葉の力に古代人は畏怖を感じたのでしょう。

「グリーン・ウェディング」を振り返ってみましょう。そこにはヨーロッパ社会が作り出した温暖化問題や環境をめぐる新たなコンセプトが組み込まれていました。そして、それに基づいてビジネスが動き出し、社会に影響を与えています。一方で、日本では「ぽかんとした様子」で若者がそれを聞く状況にあります。これは一例ですが、温暖化・環境問題への意識の点で社会への対応は日欧で明らかに違うようです。

 ヨーロッパにはコンセプトを生みだす力、そしてそれを受け止める社会があります。そして、それらが発信されることで、世界に影響を与えはじめました。これは環境だけではありません。労働観、社会保障などの各種制度、資本主義の在り方に至るまで、アメリカの競争至上の荒々しい資本主義に対抗する「ヨーロピアン・ドリーム」が世界に影響を与え始めたと、アメリカの文明批評家のジェレミー・リフキン氏は分析していました(注3)。環境の分野での「発信力」では畏怖を覚えるほど、日欧の格差は広がりつつあります。

 国全体の発信力の差は、政治の面でも顕著に表れています。英独の政治家は温暖化問題について、繰り返して自分の言葉で理想を語り、私たちにも温暖化問題に対する危機感が伝わってきます。政治家らの言葉の力を感じます。

 一方で、私はある日本の政治家の発言を思い出しています。京都議定書に批判的な財界人から聞いた話ですが、2002年の京都議定書の批准前に自民党の有力政治家から次のように言われたそうです。このとき、環境問題に関する議論が国会でも社会でも盛り上がらないまま、京都議定書が批准されてしまいました。

「京都議定書が日本に過度に負担を強いる条約であることは理解しました。しかし、議定書の負担を言及したら、選挙に落ちます。議定書に反対したら『反環境』のレッテルを貼られて選挙に落ちます。国民の関心が落ちている以上、この問題は放置することが賢明でしょう」。選挙対策という点ではとても合理的な発想ですが……。

 安部晋三前首相は「美しい星50」という温室効果ガスの削減構想を昨年に打ち出しました。私は乏しい英語力を使いながら海外メディアの情報を集めていますが、これを取り上げた記事を見ませんでした。日本からの発信は無視されているのです。5年前の政治家の発言に象徴されるように、これまでの政治の無策と無関心、そして言葉の力の乏しさが、今になって世界から温暖化問題で無視される現状をもたらしたのかもしれません。

 日本には世界に誇る技術力があり、産業界は世界有数のエネルギー効率を達成しています。そうした力があるのに世界で評価されていません。過度にヨーロッパを賛美する必要はありませんが(連載第3回「ヨーロッパは理想の地なのか?」)、この発信力の乏しさはさまざまな損をしているように思えます。

 ヨーロッパが発信力を背景に今、温暖化問題で世界のルールを作りだそうとしています。そして今、「ポスト京都」のルール作りの議論が2009年までの作成を目標に始まりました。ヨーロッパに有利なこれまでの状況を変えられるのでしょうか。日本が環境問題での発信力を鍛えなおすために、残された時間はわずかです。

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(注1)平成18年食品ロス統計調査(農水省)
(注2)“White weddings?  Try a green one instead” May 5 2007,  Gurdian.
クーリエ・ジャポン(講談社)2007年8月号に要約が掲載されています。
(注3)「ヨーロピアン・ドリーム」(ジェレミー・リフキン著 NHK出版)

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。