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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

京都議定書の目標は達成できない?〜年の初めに日本の政策「早わかり」ガイド

2008年1月10日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

■京都議定書をめぐる政策は?

 2008年が始まりました。読者の皆さまにとって素晴らしい年であることをお祈り申し上げます。

 しかし、温暖化防止政策の面から日本の行く末を考えると暗い気持ちになります。京都議定書の第一約束期間(08〜12年)が始まりました。同議定書による温室効果ガスの削減義務は、1990年比で6%減ですが、06年度の速報値は6.4%の増加と逆に増えています。それなのに、日本は実効性のある対策を何も打ち出していません。

 年の初めに京都議定書をめぐる政策の方向を整理してみます。

1・目標達成を目指す
 これは日本政府の公式の立場で、建前の上ではこの方向で政策が進むでしょう。環境省と外務省はこの立場を主張しています。自民党・民主党とも、この立場には異論を示していません。しかし、温室効果ガスが増え続けている現実を見れば、同議定書の義務を達成するのは難しいでしょう。政府は2007年度中に「京都議定書目標達成計画」の見直しをまとめる方針です(注1)。

2・目標達成を無理に行うことなく、実現可能な目標を設定する
 建前と異なり、日本の政策はこの方向に向かいつつあります。 安部晋三前首相の提唱した「美しい星50」という構想では、「公平性」と「産業の分野(セクター)別目標の設定」が主張されています。京都議定書の特徴である「削減数値目標を厳格に適用する」ということは強調されていません(注2)。経済産業省・資源エネルギー庁は以前からこの立場を主張していました(注3)。

3・あきらめる
 これは現時点では可能性が低いものの、このまま温室効果ガスの排出が増え続ければ、「できない」と宣言する状況に追い込まれてしまう可能性があります。アメリカのブッシュ政権は「目標を達成するには大変な負担が必要になる」という主張に基づき、京都議定書を離脱しました。カナダは離脱しなかったものの、ガス急増を受けて「目標を達成できない」と政府が表明しました。同じことを日本が行う可能性があるのです。

 これらの整理は、いずれも京都議定書の定めた温室効果ガスの削減は難しいという考えに立っています。

 京都議定書の「各国ごとに削減の数値目標を定め、その履行を迫る」という特徴は、実現可能性に大きな疑問があります。たとえば、硫黄酸化物やフロンガスなどは、国際条約の規制で大きく削減されました。生産場所が工場など限定されていたためです。温室効果ガスの中心は石油などの化石燃料を使うことで発生する二酸化炭素(CO2)ですが、排出源が無限に存在します。政府が完全にコントロールすることは不可能です。

 化石燃料の使用を制限することや、排出した炭素に課税する炭素税(環境税)は、日本でこれまで実現しませんでした。エネルギー使用は利害関係が絡むため、国内調整が難しいものになるためです。京都議定書は国内にエネルギーをめぐる対立を持ち込んでしまいました。政府・地方自治体、産業界、各企業、NGO(非政府組織)など民間団体、消費者個人それぞれが協力しあう必要があるのに、「削減義務の押し付け合い」とも言える状況を生んでいます。

 上述の政策「1」の実現は難しい状況です。京都議定書の目標達成をできる限り目指しながら実現可能な目標を多国間で設定していく。こうした「2」の政策が、一番妥当であると、私は考えています。しかし、政策「2」や「3」に対しては、「京都議定書の義務を無視するのか」「数値目標がなければ、緩い規制しか行えないのではないか」という批判が起こるでしょう。それへの適切な答えはありません。また国際社会の中で、これまでの主張を覆す態度は、大変な非難を受けるはずです。

 上の3つの政策はいずれの方向に進んだとしても、日本にとっては厳しい状況が生まれてしまいます。

■「起こってほしいこと」と「起こりえること」

 日本が自らの持つ技術力を活かしながら、社会が炭素を出さない構造に変化し、温室効果ガスが減少して、京都議定書の目標が達成されることを、私は願っています。しかし、「起こってほしいこと」と「起こること」は違います。そこで、2008年から12年という近未来に、これまでの状況がそのままであった場合に「起こりえること」を悲観的に予想してみましょう。

 政府の行う民間の自主的措置だけでは、温室効果ガスは減らせないでしょう。ジリジリと温室効果ガスの排出量は毎年増加し、6%削減という削減目標から日本の温室ガスの削減は遠のくでしょう。毎年12月ごろ「新たな削減対策」を環境省と経産省が発表するものの、強制的な規制措置や炭素税は、利害関係者の批判が噴出して立ち消えになりそうです。一方、森林整備、原子力発電などの予算要求は、「温暖化対策のため」として声高に主張され、予算の分捕り競争が始まるでしょう。環境省・外務省と経産省の足並みは現時点でそろっていません。欧米と違って温暖化問題への政治家の関心も薄いために、効果的な政策は期待できないかもしれません。

 化石燃料の使用を抑制することは負担が伴うため「総論賛成・各論反対」のまま、個別の削減では抵抗が噴出するでしょう。メディアは「CO2削減に努力を」と陳腐な主張を繰り返すでしょうが、具体策を示せないはずです。

 温室効果ガスの排出権を外国から購入し削減量を減らすことは、京都議定書の取り決めの上で認められています。日本政府の購入計画に基づく現時点の試算で、その費用は1兆2000億円に上ります。巨額の購入費を日本政府が支出できるかどうかわかりません。しかも、現状では日本が唯一の「買い手」であるため、余剰排出権を持つロシアなどは高値で排出権を売り付ける意向のようです。税金を空気に使うことに、批判が起こるでしょう。

 2010年ごろ、日本政府は「京都議定書の目標は達成できません」との宣言を出す状況に追い込まれるかもしれません。現在の京都議定書をめぐる温暖化防止の国際体制は壊れやすい危うさをはらみます。しかし、国際体制がどのようになっても、「約束を守れなかった国」として批判を集め、日本の環境外交での威信は地に落ちるはずです。そして、地球温暖化は進行し、私たちの次の世代が直面するリスクは増えていきます。

 日本企業、特に製造業は、設備投資で自主的に環境配慮型の規制を行うでしょう。環境への意識の高まりから、省エネ製品の数は増えます。しかし、政府の政策がはっきりしないため、将来の規制に対する不安が広がり、設備投資を抑制する一因になるかもしれません。景気後退への懸念が2008年初頭に出ていますが、京都議定書への対策がその波乱要因の一つであるかもしれないのです。

 日本の強みは素晴らしい環境技術も含めた「ものづくり」の力です。そして「もったいない」という言葉に代表される高い節約の意識です。そして、行政当局者の誰もが真面目に温暖化対策に取り組んでいます。しかし、全体としてみると、日本は自らの強みを生かせず、国内では対立が生まれてしまう。そして国際社会の中では、大きな損をこうむってしまう。誰もがまじめにやっているのに、悲しむべき状況が生まれるかもしれません。

「起こりえること」の予想が、私の杞憂に終わればいいのですが……。


【さらなる検討のために】
(注1)政府は2007年12月に、目標達成計画の素案を発表しました。しかし、民間などでは批判が広がっています。以下は環境NGOの気候ネットワークがこの案へのパブリックコメントを発表しています。

(注2)安部晋三前首相演説「美しい星へのいざない「Invitation to 『 Cool Earth 50 』」〜 3つの提案、3つの原則 」(2007年5月14日)。福田康夫首相は現時点で、温暖化対策については安部前政権の政策を踏襲することを表明しています。

(注3)『地球温暖化問題の再検証〜ポスト京都議定書の交渉にどう臨むか』(東洋経済新報社 澤昭裕 関総一郎編著)。経産省の現役官僚らによって04年に発表された本ですが、日本の京都議定書の政策にこの主張はかなり盛り込まれています。影響力を持つエネルギー研究者の間にも、バリエーションはさまざまですが、この方向を支持する見解は広がっています。
 電力中央研究所の杉山大志主任研究員氏は「部門別合意」とアジア各国の中国との省エネ技術の連帯を訴えています。(『これが正しい温暖化対策』(エネルギーフォーラム))。日本エネルギー経済研究所の十市勉専務理事・首席研究員も著書『21世紀のエネルギー地政学』(産経新聞社)で各国のエネルギー効率性を反映した削減目標の設定を主張しています。
 私も自著『京都議定書は実現できるのか』(平凡社)などで、この方向の政策の妥当性を主張しています。ただ、経産省のエネルギー政策には批判的な立場です。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。