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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

京都議定書が壊れる?〜2008年は日本に「決断」が迫られる

2007年12月27日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

 地球温暖化の防止策を話し合う「国連気候変動枠組条約第13回締約国会議」(COP13、バリ会議)がインドネシア・バリ島で2007年12月15日まで開催されました。

 そこで決まったことのポイントは、「2013年以降の温室効果ガス削減の枠組みを2009年までにまとめること」でした(注1)。「2008年から12年の間に、先進国が温室効果ガスを90年比でそれぞれ数値目標を義務付けた上で削減する」という京都議定書の国際体制があります。その取り決めで決まった年以降の体制を話し合う道筋ができたわけです。
  
 京都議定書から離脱したアメリカや、議定書の上で削減義務を負わない発展途上国も「検討の場」に参加します。議論さえも拒否していたこれらの国々が交渉のテーブルにつくことを認めたため、「一歩前進」と言えるかもしれません。

 しかし、京都議定書に内在する問題は何も解決していません。日本では伝えられない話ですが、京都議定書の作る国際体制は、多くの問題があり、壊れやすい危うさをはらんでいるのです。

■国際体制には「愛のささやき」が必要だ

 京都議定書は、人類が初めて温室効果ガスを削減するという目標を掲げたという点で、重要な意味を持つ国際協定です。それが作る「京都議定書体制」ともいえる枠組は、「数値目標」という特徴があります。基準年(90年)を定め、それとの比較で温室効果ガスの削減を目指すものです。

 世界の科学者で作るIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が07年に発表した第4次報告によれば、気候変動を気温2度の上昇以内に収めるには2050年まで温室効果ガスの排出を2000年に比べて50〜85%削減する必要があると、指摘しています。「気温2度」は地球の生態系が壊れない最小の温度上昇幅とされます。科学からのメッセージは重くこれが数値目標の厳格化の流れを後押ししています。

 数値目標の メリットは「わかりやすさ」です。目標を設定したことで、各国の世論の関心は高まり、政策もそれを目指して動きました。しかし、デメリットも応分にあります。数値目標は、CO2の規制は「経済の血液」ともいえる石油などの化石燃料の使用を制限するためです。

 発展途上国は強硬に「数値目標」の導入に反対しています。エネルギー使用に上限が課され、経済成長を阻害するためです。さらに、先進国が排出したCO2で世界の気候が狂い始めた可能性が高いため、その規制に不公平感を当然持つでしょう。京都議定書の交渉過程で、数値目標の義務付けを迫られたブラジルの外交官がこんな言葉を残していました。「パーティに後から呼ばれてコーヒーだけ飲んだのに、フルコースの代金を請求されたような気分です」。

 先進国でも事情は同じです。アメリカはブッシュ政権の判断の下で、2001年に京都議定書から離脱しました。その理由は「経済成長に影響が出るから」という経済的なものと、「途上国に削減義務が課せられていない」という不公平感によるものでした。私が連載第2回で言及した「2020年までに、先進国は25〜40%の温室効果ガスを削減する」というCOP13での提案をアメリカは批判し、数値目標が自国に加わることを拒否しています(注2)。

 京都議定書体制の特徴ともいえる「数値目標」に拒絶反応を示す国が今でも多いのです。2013年以降のことを決める国際交渉については、「どのようになるか、まったく分からない」(外務省の温暖化問題の交渉担当者)というのが現状です。

  国際体制の維持には「「アイ・ラブ・ユー」「ミー・ツー」と常にささやきあうことが必要だ」という、気のきいた表現をジャーナリスト船橋洋一氏の書いた文章で読んだことがあります。恋愛関係のように、「絆」を確かめ続けながら、経済的・精神的な満足などの形で相互に利益をもたらすものでなければ、国際関係は長続きしないという意味でしょう。

 地球温暖化を防止することそのものに異論を唱える人は、今の世界にはそういません。しかも、温暖化の被害は各国でまちまちで、日本のようにまだ人命にかかわるほど影響が深刻でない国もあります。温暖化防止という各国の共通利益が漠然としているのです。さらに、削減義務の不公平感によって、信頼関係が醸成されていません。

「アイ・ラブ・ユー」とささやくことのできない国際関係は、どうなるのでしょうか。恋愛と同じように、「義務感」で惰性的に関係を続けても、やがて破局が訪れるかもしれません。

■「2013年の危機」が迫っている

「2013年の危機」という言葉で、「京都議定書体制」のもろさが研究者に指摘されています(注3)。

 その最悪のシナリオを考えてみましょう。EU以外の国で削減義務の課せられる日本、カナダなどは、京都議定書の目標を達成できないでしょう(注4)。こうした国は不公平感を持ち、途上国や達成義務が比較的容易な、EUへの非難を始めます。一方、途上国は自らの経済成長を抑制する数値目標を受け入れるとは思えません。アメリカは数値目標の受け入れを拒否し、京都議定書体制を壊すような態度を示し続けています。ブッシュ政権が09年に変わった場合にどうなるか、現時点ではわかりません。

 各国の相互非難と不信の中で、京都議定書の第一約束期間が終わった2013年以降に、温室効果ガスを削減する取り決めが成立しない、もしくは実質的な意味を持つことが、決まらない可能性があるのです。この場合には、地球と未来の世代に「危機」が訪れるでしょう。

 数値目標への対案は出ています。アメリカや中国は「エネルギー効率化の指標に基づいた基準を設けよう」と主張し始めました。しかし、これは緩い目標となるため、温室効果ガスが減るとは思えません。

 日本政府はCOP13では、「セクター別目標」、つまり、産業などの分野ごとに数値目標を定める削減策を主張し始めました。その訴えは一理あるものの、「数値目標」を掲げるヨーロッパを中心にした諸国に比べて、国際交渉での存在は希薄です。

■京都議定書の「呪縛」とは?

 それでは京都議定書とその作り上げる国際体制に、日本と私たちは、どのように向き合えばよいのでしょうか。

 未来の世代に加わる気候変動のリスクを減らすために、温暖化問題で無条約の状態を作る「2013年の危機」は避けなければなりません。日本は京都議定書の取りまとめの中心となり、議定書には日本の古都の名前がついています。国際信義の上で議定書を壊すような行動は、認められるものではありません。

 ただ、問題があります。日本の負担についてです。環境省・経済産業省は07年12月14日に、「議定書目標達成計画の評価・見直しに関する最終報告」素案をまとめました(注5)。そこでは、強制措置の導入は見送りました。06年の温室効果ガスの排出量は90年比で6.4%も増えています。京都議定書の義務が達成できないことは、もはや明らかです。わずか数年で社会・産業構造を変えることはできないでしょう。

 おそらく京都議定書の義務を達成するために、同議定書で認められた海外から排出権を購入する方法で、義務を達成することになるでしょう。財務省の試算によればその費用は1兆2000億円(1人当たり100万円)以上の巨額になる可能性があります。コスト「ゼロ」である国が多い中で、この事実におかしさを誰もが感じるはずです。

 「呪縛」(じゅばく)。あるエネルギー政策の研究者は、京都議定書の影響を、かつての流行語にちなんで、一言でまとめました。「議定書の義務達成に進めば大変な負担がある。しかも、日本の産業界のエネルギー効率の高さは、京都議定書はほとんど考慮していません。しかし、この体制から日本は抜け出せません」と、この研究者は話しています。

 ちなみに京都議定書の目標である先進国が1990年比で5%の温室効果ガスを2008−12年の間に削減しても、「温暖化を6年ほど遅らせるだけにすぎない」との試算もあります。日本国民が巨額の負担をしても、地球の未来への影響はあまりありません。またこの体制に世界がそっぽを向く可能性もあるのです。

「京都議定書とそれの作る国際体制にどのように向き合えばいいのか分からない」。これが、今の私の考えです。「温室効果ガスの削減のために努力を続けよう」と、新聞の社説のような当たり前で、無意味なことなら言えますが……。

 無責任な答えで、読者の皆さまを失望させたのならすみません。ただ、調べれば調べるほど、「環境対策が善」とは限りません。何が正しいのかわからない問題です。国民が合意をした上で、京都議定書の国際体制を受け入れるなら、それでいいでしょう。しかしその場合には、大変な覚悟が日本には必要です。そして国はその負担を国民に訴えていません。

 はっきり言えることがあります。2008年には、京都議定書の第1約束期間が始まります。同年7月に開催される「洞爺湖サミット」でも、温暖化防止対策は中心的議題になるでしょう。社会で温暖化問題が今以上に関心を集めます。私たち日本が、京都議定書をどうするのか、決断をしなければならない年になるはずです。

 読者の皆さまがよい年を迎えられますことをお祈りします。そして温暖化問題で日本が適切な選択をできることも願っています。

 *****
(注1)日本政府報告書:気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)及び京都議定書第3回締約国会合(COP/MOP3)(12月3−15日)−概要と評価−

(注2)日本政府代表団によれば、「これは案・言及にすぎず、目標となったわけではない。日本のメディアの報道が意外なほど大きかった」とのことです。しかし、数値目標の厳格化を主張する動きが強まっている一例でしょう。

(注3)ブッシュ政権のエネルギー・環境問題の顧問を務めた、デビッド・ビクター氏がこの表現を使い、日本でもエネルギー政策の研究者に広がった言葉です。
余談ながら、エネルギー関係の専門家は京都議定書の問題点を指摘し、環境政策を学ぶ研究者は京都議定書を肯定的に受け止める傾向があるようです。

(注4)各国ごとのエネルギー排出量を示した
リスト
です。どの国でも、削減義務を達成することは難しいことがわかります。

(注5)「京都議定書目標達成計画の評価・見直しに関する最終報告」素案

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。