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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

ヨーロッパは理想の地なのか?

2007年12月18日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら
 
「出羽守(デハノカミ)」という言葉が、私の働くメディア業界にあります。時代劇で使うのではありません。「○○『では』こうだ。それなのに××はダメだ」と話す人のことです。日常的に用いられる論法ですが、嫌味になったり、軽薄に聞こえたりする場合に批判的に使われます。

メディアに登場する「デハノカミ」に、私は違和感を抱いてきました。どんな問題でも、正しい答えはなかなか見つかりません。物事の一部しか知らないメディアが、「〜では」と権威を引き出した上で、「ダメだ」と高みから批判するのはおかしいと思うためです。

ところが、温暖化問題では「デハノカミ」が、散見されるようになりました。「EU(ヨーロッパ連合)では温暖化対策が進んでいるのに遅れた日本はダメだ」と述べる人がいるのです。

■感銘を受ける面もあるけれど……

EUは温暖化問題で、先進的な動きをしている点は多くあります。温室効果ガス削減の国際的な制度作りを主導してきました。EU域内の排出権取引が2006年から始まっています。民間企業でも風力や太陽光発電など、自然エネルギーの開発に積極的です。

市民の温暖化問題への意識も、とても高いようです。「カーボン・オフセット」という考えをご存知でしょうか。自ら使ったエネルギーで排出された温室効果ガスのCO2を、植林などをすることでゼロにする取り組みです。

イギリスなどでは、公的機関の職員が公務で飛行機などに乗った場合に、オフセットを行うことが検討されています。結婚式で、オフセットを行う市民も増えています。出産、家庭生活などの「未来」を、深く考えるカップルが多いのでしょう。こうした市民レベルの意識の変化を見ると、新しい動きがヨーロッパで始まっていると感銘を受けます。

今の世界では、アメリカ発の価値観と、それに基づく社会・経済制度が席巻しています。政治的にもアメリカは、圧倒的な軍事力で覇権を確保しています。その根底には、「お金と市場がすべてを解決する」というような、荒々しい資本主義の本性が垣間見えます。温暖化問題でも、ブッシュ政権は経済成長を重視して、温暖化問題の対策には消極的でした。

しかし、ヨーロッパはアメリカに是々非々で向き合おうとしているようです。その根底には、「共生」「多様性の尊重」「環境の重視」など、伝統が育ててきた思想が横たわっています。温暖化での強い自己主張も、そうした流れの一環なのでしょう。私はこうしたヨーロッパの人々の努力に敬意をもちます。

■効率的にエネルギーを使っている日本

しかし、事実を検証するとヨーロッパが理想的な社会を作り上げたと言えません。また、日本が環境・温暖化対策で、他国に比べて極端に遅れていることもありません。

同じGDPを生産するために、どの程度のCO2を排出するのかを比べてみましょう。日本を1とした場合に、EUは1.7、アメリカは2.1、中国は10.8、ロシアは19.7です(注1)。個別の産業を見ても電力、鉄鋼、セメント、紙など、日本の製造業は、世界トップクラスのエネルギーの効率性を持ちます。2度の石油ショックの経験から、産業界を中心にした省エネ努力を進めたためです。

最近はあまり目立った政策を打ち出せず、昔日の勢いのない経済産業省ですが、これまでの省エネ政策は国際的な評価を受け、多くの国の参考にされています。たとえば、環境面でもっとも進んだ技術の機械・家電製品を参考に規制を設け、他の企業が追い付くように競争をうながす「トップランナー方式」という政策を行ってきました。これは民間の力を活かしながら、省エネを推進した有効な政策でした。

個別の政策でも、ヨーロッパが進んでいるとは限りません。たとえば、自動車の速度制限は日本に比べヨーロッパは緩やかです。国土にしめる森林面積も、7割弱の日本よりヨーロッパ諸国は少ないはずで、環境負荷は高いと思われます。EUの運営する排出権取引制度も、それはEU域内の排出権のやりとりのみで、効果は域内にとどまっています。EU企業が、アジア・アフリカに生産を移す可能性もあります。(注2)

こうした日本の環境・温暖化面での誇るべき姿が、国際社会の中で強調されていません。日本はEU諸国よりも、効率的にエネルギーを使う社会を作りあげているのです。

EU諸国は1980年から90年代に、酸性雨防止や廃棄物の管理など域内の環境の取り決めを数多く締結しました。その経験が、政府にも、産業界にも、社会にも蓄積されています。どのようなPRを進めれば国際交渉の場で自ら有利な立場に立てるのか。条約の国内へのインパクトはどのようになるのか。彼らにはノウハウがあります。別の機会に詳述しますが、EUは自国に有利な形で、温暖化問題の国際制度を組み立てています。

京都議定書の国際交渉を行った旧通産省の官僚が、EUと日本の政府の力量の差をみて「B29に竹やりで立ち向かった太平洋戦争と同じことをしてしまった」と敗北を認めていました。こうしたEUの「したたかさ」にも、目を向けるべきでしょう。そのPRのうまさが「EUは温暖化の面で素晴らしい社会を作り上げた」というイメージを日本の一部に植え付けているようです。

■「日本では」と自慢できる政策を作りたい

EUを称える「デハノカミ」がちらほらと日本に登場するようになりました。

ある会合で、国会議員のスピーチを聞いたことがあります。その人はドイツの環境配慮型の交通制度を現地視察したそうです。パーク・アンド・ライド(市街地周辺に駐車場を整備し、市内乗り入れを制限する街作り)、路面電車の復活や地域を循環する小型バス、ガードレールの木製化などを紹介した上で、「EUは進んでいる。日本は頑張らなければならない」と話していました。

神奈川県鎌倉市など、多くの自治体でパーク・アンド・ライドは行われていますし、路面電車や地域バスの整備を行う自治体も増えています。森林の多い長野県は、田中康夫前知事の提唱で、ガードレールの木製化を一部で行いました。人間の考えることは洋の東西を問わず、大きく変わりません。日本をもっと知ってほしいと、残念に思いました。

ある国際NGO(非政府組織)のエネルギー政策案を聞いたことがあります。自然エネルギー中心の経済構造に日本を変えるとしていましたが、その実現プロセスを深く考えていませんでした。電力会社や石油会社など、そのNGOが敵視する産業界の手助けが、エネルギー政策の見直しでは必要です。それを指摘すると、担当者は激高し、私はお叱りを受けました。

「温暖化でこのままでは世界は滅びるんです! 私たちが社会を変えます。EUではそうなりました。そんな発想をする人がいるから、日本はダメなんです」

夢や理想は大切ですが、現実に落とし込まなければ「絵にかいた餅」というべき無意味な空想になります。取材活動で本音をもらした私も問題でしたが……。

温暖化問題を語る論者の大半は、まじめで真摯に地球の未来を考えています。また「デハノカミ」の皆さんも、善意で発言していることは疑いありません。ですが、日本だけがこの問題で、特に遅れていることはありません。「EUでは……」と話し始める人がいたら、「日本も頑張っています」と、事実を淡々と述べましょう。

他国を賛美する必要はありません。温暖化で必要なのは、日本の国情にあった対策を積み重ね、温室効果ガスの排出がより少ない社会を作ることです。効果のある政策や取り組みが他国で行われているならば、それを参考にすればいいだけの話です。そして「日本『では』こうだ」と、世界に誇れ、未来をよい方向に変える温暖化対策を増やしたいものです。

* * * * *
(注1)エネルギー・経済統計要覧2007年版(日本エネルギー経済研究所)
(注2)この部分は感覚的に言及していることは、読者の皆さまにお詫びしなければなりません。ヨーロッパの交通、林業政策、家庭でのエネルギー使用などのデータを調査中ですが、もし日米欧の比較などがありましたら、ご教示いただければ幸いです。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。