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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

『舶来品信仰』と温暖化問題〜COP13の問題点を読み解く

2007年12月13日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

 民主党の小沢一郎代表は日本を代表する政治家です。そのとがった主張はときとして批判を集めます。その「国連中心主義」を批判する自民党の40歳代の議員がこう言っていました。

 「あの世代(60代)の人には『舶来品信仰』がある。国連の言うことをすべて正しいと思っている」。

 この議員の意見に賛成したわけではありませんが、「舶来品(はくらいひん)信仰」という言葉が、なぜか頭に残っています。

■「4割削減」に想像をめぐらせてみよう

 この記事を執筆しているとき(2007年12月10日)、第13回国連気候変動枠組み会議(COP13)がインドネシアのバリ島で開催されています。そこでは、京都議定書の取り決めの後である2013年以降にCO2を含めた温室効果ガスをどのように減らすかの議論が行われています。そしてこんな議長提案が行われました。

「先進国は温室効果ガスの排出を2020年までに1990年比で25〜40%削減する」。

 冷静に考えてみます。温室効果ガスの中心はCO2で、これは化石燃料の消費と密接に絡みます。COP13での提案は、「あと10年程度で、エネルギー消費を最大4割減らそう」ということです。これはどんな意味を持つのか、想像をめぐらせてみましょう。

 やや雑ですが、議論の目安になる数字を試算します。日本の国内総生産(GDP)は2006年度、511兆円でした。日本がGDPの4割分である200兆円の富を生むことを断念すれば、おそらく温室効果ガスを4割減らせます。

 個人の生活で影響を考えてみましょう。総務省の調査によれば、日本人のテレビの視聴時間は平日で1日3時間47分です(注1)。全国民が、その4割分の1時間半のテレビをみないようにすれば、ガス削減の一助になるかもしれません。

 食料の生産にはエネルギーが必要になります。それに使われるエネルギーを減らすには、食べなければいいのです。日本人のエネルギー摂取量は2000〜2200キロカロリーですから、1日4杯のご飯(1杯200キロカロリー)を食べなければ、エネルギー摂取を4割減らせ、CO2削減に貢献できるでしょう。

 もちろん、経済の自損行為はおろかなことですし、自らの生活を犠牲にした削減策に、大半の人が拒絶反応を示すはずです。「25〜40%の削減」は、これほどまでに大きな影響を与えるのです。

 さらに、「1990年からの削減」という基準年の設定も、おかしなことです。なぜ2000年ではなく1990年なのか。この年を境にEU(欧州連合)の加盟国である東欧諸国のCO2が、社会主義政権崩壊の混乱で大きく減り、それで生まれた余剰排出権を手に入れられるためです。EUに大変有利な取り決めの中で、温暖化防止の国際制度はつくられています。日本のエネルギー効率の高さは世界有数の誇るべきものなのに、そのメリットが強調されていません。この「不公平さ」は、別の機会に詳しく説明します。

■なぜ議論が盛り上がらないのか

 温室効果ガスを削減することは、先進国の人々が自らの生活を変える覚悟が必要です。私は個人的な意見として、温暖化防止活動のために、ある程度の規制や生活の制約はやむをえないと考えています。しかし、それは日本から遠く離れた外国で、各国の政治家による国際会議で決めるものでも、また霞ヶ関の官僚たちが決めるものでもありません。また日本一国が他国に比べて、公平性のないまま過度な負担を受ける必要もありません。

 日本国内での温室効果ガスの削減方法は、私たち日本国民が負担を直視した上で、自主的に決めるべきものです。

 しかし、温暖化問題をめぐる国際交渉の現実は、なかなか日本で紹介されません。新聞やメディアの温暖化問題をめぐる社説・論説を、こうした問題点を前提に読んでみましょう。「努力をしよう」とか「国際交渉を主導するべきだ」とか、一見すると「もっとも」な主張が並びます。しかし、「負担」を真剣に考えてはいないものばかりです。そして、なぜか国連の取り決めを「正しい」と無批判に受け入れています。

 なぜ温暖化をめぐる「負担」の議論が盛り上がらないのか。連載で、明らかにしていこうと思います。これには、さまざまな問題が重なっていますが、冒頭の「舶来品信仰」という言葉が、ひとつの理由として思い浮かぶのです。

 「国際協調主義」、「人類共通の利益」など美しい言葉を信じて日本人は行動したところ、なぜか損をする形になっていた——。残念ながら、明治維新以来の日本の近現代史を振り返ると、こんなことが頻繁に起こります。今また、温暖化問題と温室効果がスの削減で、同じことが起こるのでしょうか。

 「舶来品信仰」が、もしあるならご用心ください。2013年以降の私たちの生活を変えるかもしれないCOP13の動きを注目しようではありませんか。外国で決まったルールが日本人にとって、正しいものになるとは限りません。


(注1)
総務省情報通信統計データベース

【参考】
COP13のホームページ(英語)
COPを主催する国連の気候変動枠組み会議のホームページ(英語)

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。