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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

現実を見すえた議論を始めよう

2007年12月 6日

 はじめまして。経済記者の石井孝明です。エネルギー問題、地球温暖化問題について、これまで取材・執筆をしてきました。私が集め、編集した「生」の情報を中心に、新しい気づきを読者の皆さんに提供したいと思います。ご意見や批判もぜひお知らせください。

■総論賛成、各論不明?

「何かがおかしい」。肌で気温を感じながら、誰もが温暖化の進行を心配しているのではないでしょうか。

 今年のノーベル平和賞を受賞した国連組織のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、温暖化について世界の科学者の研究を集めて各国に提言してきた組織です。それによる第4次報告によると、地球温暖化は人類による経済活動や日常生活で石油・石炭・天然ガスを燃やすことによって生じた二酸化炭素(CO2)の増加によって引き起こされた可能性が高いとされます。このまま化石燃料を使い続ければ、2100年までに地球の平均気温は1.8〜6.4度上昇するとの予測がこの報告では出ています。

 気温2度の上昇で、微妙なバランスの上に成り立つ自然界の生態系は大きく変わるといわれます。温暖化を放置すれば、生態系、そして人類の次の世代の生き方が大きく変わりかねません。「地球温暖化を止めなければならない」「CO2を減らさなければならない」。誰もがこの点について同意するでしょう。
しかし、「総論賛成」をしても、「各論」で何をしたらわからないという問題に、私たちは直面しているのではないでしょうか。

 現代社会は、化石燃料を使って成り立ちます。たとえば、5億2000万台の自動車、1万1000機の大型航空機、2万8000隻の大型船舶、120万隻の漁船が地球上を動いているそうです(2003年時点、注1)。この巨大な数字を見るだけでも、私たちの生活が化石燃料に依存していることがわかります。

 CO2を減らすためには、化石燃料を使うこと、エネルギー使用をどのようにするかを考えることとほぼ同じです。その抑制は、経済活動や生活の質の切り下げを伴います。この負担は、それぞれの国家や企業の活動、個人の生活に深刻な影響を与えます。また、私たちの行動の一つ一つが、どのように温暖化防止に結びつくのか、なかなかわかりづらいのです。

 温暖化防止のために、何をしたらいいのか。「総論賛成」であるものの「各論」では「反対」もしくは「不明」というのが実情です。CO2の排出は私たちの日常に深く根ざしたものです。効果があり、誰もが合意できる解決策を見つけるのは大変です。

■温暖化を考える3つの論点

 それでは、この問題をどのように考えればよいのでしょうか。私は、温暖化問題を取材してきて、3つの問題が常に現れることに気づきました。「次の世代の幸福」「自己犠牲の形」「お金」という3つの問題をいかに考えるべきか、ということです。

 個人的な話をすれば、私が温暖化問題へ関心を持ったきっかけは1999年の娘の誕生でした。子どもの成長を喜び、その幸せを願う、そして「娘は2080年の地球を見るだろう」との未来への感慨を持ったことが、温暖化問題への思索のはじまりでした。

 次に、取材で知った童話作家の宮沢賢治の作品も印象に残りました。1930年ごろに彼は『グスコーブドリの伝記』という作品を書いています。この物語は、イーハトーブに住み、幼い頃から冷害に苦しんだ青年グスコーブドリが、自らが犠牲となって火山を爆発させて大気中にCO2を増やし、冷害から故郷を救うというものです。宮沢は故郷の岩手県の冷害対策を自力で研究する中で、当時の先端の知識である温暖化問題を知ったようです。ほかの宮沢作品と同じように、「祈り」と「自己犠牲」というテーマがこの作品に現れます。

 最後に「お金」は温暖化問題と切り離せません。企業や国・政府機関が、その意思決定や経済活動で、温暖化問題について配慮をはじめています。そして、1997年に取りまとめられた京都議定書は、CO2を政府間でやりとりすることを認めました。そのためCO2を削減する権利(排出権)に価値がつき、取引される、「空気にお金がつく」時代が始まっています。

 EU(欧州連合)の行う排出権取引によれば、1CO2トン当たり、2008年分で8〜32ユーロ(約1280〜5120円)と乱高下しました。日本人は大人で呼吸により年間約500グラムのCO2を吐き出すそうですから、私たちは600〜2500円分のCO2を、生きるだけで1年に増やしていることになります。

 京都議定書の約束で、日本は1990年比でCO2を含めた温室効果ガスを第一約束期間(2008〜12年)に1990年比で6%減らす義務を持ちます。しかし、実際は2006年で、ガスは6.4%増加しました。その義務を達成するための日本の排出権の購入費用は、1兆2000億円にもなるとの試算を、財務省が発表しています。余剰な排出権を持つロシアや、中国などの発展途上国に、「空気」のために大金を支払うことになるかもしれません。これは国富の浪費とでしょう。

 3つの問題をどのように評価するかで、私たちの取るべき行動は変わります。「次の世代の幸福」は大切です。しかし、削減に必要な「お金」、そして「自己犠牲」の姿を考えなければ、多くの人が合意でき、持続する社会体制を作ることはできないでしょう。

 正義を振りかざし独りよがりになることなく、また儲け話など「お金」を過度に重視することなく、温暖化を食い止めることはできないのでしょうか。私にも答えはわかりません。しかし一つ一つ、事実を見極めながらこの問題を、読者の皆さんとともに答えを探そうと考えます。よろしくお願いします。

【参考】
IPCCのサイト(英文)
気象庁IPCCサイト。 本文で引用したIPCC第4次報告・要約版の日本語

【注1】
『水素エネルギー—エネルギー・ウェブの時代』(ジェレミー・リフキン、NHK出版、2003年)

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。