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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

競争がもたらす副産物

2007年12月18日

(これまでの 飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」はこちら。

競争は社会を幸福にする。しかし、企業にとって競争は利潤をすり減らす敵です。したがって、企業は競争を避けるための努力をすることになる……その一つの方法は政治や権力といったシステムによる保護を求めることです。しかし、経済学の知識が普及しこの種の規制政策について民主的な決定が行われるようになると、「公的な保護」という伝統的な手法を使うことは出来なくなります。

そこで、企業が次に考えるのは「自力で競争から離脱する方法」です。今回は企業の競争回避行動の帰結について考えてみましょう。

値下げ合戦のない世界

熾烈で、利潤をすり減らす競争の代表が価格競争です。まずはその価格競争がない世界について、ちょっと極端な例を使って考えてみます。

1kmにわたって伸びるビーチにまんべんなく海水浴客がいるとしましょう。ビーチでアイスキャンディーが売られていれば海水浴客の多くがそれを買うであろうと考えられますが、いまのところこのビーチにアイスキャンディー売りはいません。そこで、A君とB君のふたりは近所の駄菓子屋さんからアイスキャンディーを仕入れてビーチで販売することにしました。

ただし、駄菓子屋のおじさんは「ビーチでアイスキャンディーを売るなら必ず1本100円にしてくれよ」と言います。駄菓子屋ではアイスキャンディーは50円。つまりは本店より安く売られては困るというわけです。この約束によって、A君とB君は価格で競争することはできなくなります。

このような状況でA君とB君の競争は立地によって行われることになります。つまりはアイスキャンディー屋台の場所のみが売上げ、そして儲けを決定するわけです。ここで、アイスキャンディー屋があれば海水浴客は1人1本必ず、最も近い店から買うとしましょう。このとき、A、B君はそれぞれどこに店を出すでしょう。ただし、A、B君は価格以外についての協調は行わず、自分の利益が最大になるように行動することにします。

答えはA、B君ともにビーチの中央に出店し、海水浴客の半数はA君から、半数はB君からアイスキャンディーを購入することになるというものです。

ビーチの西端を0、東端を1と呼ぶことにします。したがってビーチの真ん中が1/2です。仮にA君が1/4の位置に、B君が3/4の位置に出店するケースを考えましょう。このとき西半分の0~1/2にいる海水浴客はA君の店で、東側の1/2~1いる海水浴客はB君の店でアイスキャンディーを購入することになるでしょう。このときA君はもう少し東に店をずらしてB君に近いところに店の位置を動かすことで(A君の店の方が近いという客が増えるので)売上げを伸ばすことが出来ます。これはB君も同様です。このように「お互いに近づく」「真ん中による」ことで客を増やすことが出来る結果、両者ともにビーチの真ん中に店を出すことになるわけです。

説明の便宜上地理的な場所の問題を例にしましたが、これは潜在的な顧客の嗜好などについても同様です。価格競争がない世界では似たり寄ったりの立地、似たり寄ったりの財が供給されるようになります。

競争回避行動もまた社会を幸福にするのだ

ここで駄菓子屋の店主の意向が変わって、A、B君はアイスキャンディーの価格を自由に決めることが出来るようになったとしましょう。すると海水浴客にとってどちらの店で購入するかを決める要因は「近さ」と「価格」ということになります。

ここで、A、B君がともに中央に店を出しているとどうなるでしょう。近さの面でA君とB君には差がないのですから、どちらの店で買うかを決めるのはアイスキャンディーの値段のみということになります。価格に関する協定が結べない場合、少しでも多くの客を獲得しようとA、B君は値下げ合戦に突入します。これでは二人ともにろくな利益を上げることが出来ません。

すると、A君は「B君と離れた場所に店を出せば、店の周りの人は多少高くても自分のところで買ってくれる」ことに気づくようになります。これはB君も同様です。あまりにも近いと価格競争せざるを得ない。だから、価格競争が激しいものにならないよう立地点を分散させるようになるのです。A君、B君が「他社製品と違う特徴(ここでは異なる立地点)を持つことで競争から離脱しよう」としていることに注目してください。これが自力での競争脱出法である差別化戦略です。

このような差別化は企業にとって必須であるだけではなく、消費者側にも利益をもたらすと考えられます。同じような服、同じような車、同じような食品……貧困国はいざしらず、現代の消費者はこのような画一的な商品群だけでは満足できません。多彩で、より自分の好みに商品、そして様々な選択肢が欲しいところです。価格競争なき世界ではどの企業の製品も「似たり寄ったり」なものでした。しかし、潜在的な価格競争があるときには、それを避けようとする企業の努力が結果として私たちに「多彩な選択肢」を用意してくれることになるのです。

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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