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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

第13回 倫理を語る事なかれ

2007年8月27日

(飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」第12回より続く)

そろそろお気づきの方もあるかと思いますが、僕は倫理・道徳を語る人間が嫌いです。しかし、これは僕が反道徳的な人間だからではありません。倫理は世界の外にあるもので、語ること自体が不可能だと思っているからです。僕たちは世界の中にいる。世界の中にいる僕たちが使う言葉や論理で倫理について考えたり、ましてやなんらかの倫理観が正統であると説得するなんてことはできっこありません。ひらったく言うと……そんな難しいこと言わないで、「俺はあいつが嫌いだ」でいいじゃん、ってなわけ。

そして、もっと悪いことに「倫理! 道徳!」と言ってみたところで問題は何ら改善されないのです。

■日本軍の合理的な非合理

前回、前々回と「非合理的に見える行動には合理的な理由がある」というお話しをしました。この思考法で、旧日本軍の様々な失敗について検証をした本に、『「命令違反」が組織を伸ばす』(菊澤研宗、光文社新書)があります。同書では、インパール作戦とガダルカナル戦を例に、どう見ても非合理的な作戦計画が、それを立案した当事者にとっては(個人的な意味での)合理性があったことを行動経済学を援用しながら説明しています。

例えば、戦況が悪化している状況では戦功をたてれば大きく評価される一方で、失敗したとしても(元々がこれ以上悪くなりようがないくらい悪いならば)それほど評価は落ちないという状況にあったとしましょう[*1]。

幸か不幸か人間は損得勘定によって行動します。このとき、失敗してもよいならば、たとえ成功の確率が低くてもリスキーな行動にかけてみようと思うのは自然な感情です。

戦時下で作戦の失敗は多くの兵の命を奪うことになります。ここで、「自分が死ぬワケじゃない」「自分への評価という観点からは作戦実行がお得だ」という理由でリスクの大きい作戦を実行した将軍たちの見下げ果てた根性にはだれもが憤りを感じることでしょう。

しかし、このような問題の発生を防ぐために倫理観の向上を唱えても問題は解決しません。なぜ非合理的な作戦が実行されたのか……それは、作戦立案者にとっては得だからです。問題は「日本国にとって得なこと」と「軍部にとって得なこと」が一致していないことにあります。したがって、求められる対策は両者を一致させるようなシステムを作ることなのです。

■マネジメントとインセンティブ

これは、企業におけるマネジメントの問題に直結します。企業の目的である利潤獲得に対してプラスの評価を、損失を与える行動に対してマイナスの評価をあたえる人事考課システムが整備されていない企業では労務管理はけして成功しません。

管理職の人は、「アルバイトが仕事を覚えない」「部下が言うことを聞かない」といった不満を持ったことがあると思います。しかし、こういった経験から「最近の若いモンは……」というテンプレートな結論に達してしまってはいけません。

アルバイトが仕事を覚えないのは当然です。だって、昇進や昇給があるわけでもないならば仕事を覚えてもたいして得にならないんですから。部下が言うことを聞かないときには、あなたの命令に従うことで部下にはどんな得があるのかよくよく考えてみてください。あなたは彼を出世させてやることができますか? あなたについて行くことで彼は仕事上の達成感を得られそうですか? そのような権限・能力があなたにないならば、部下は「合理的判断に基づいて」あなたの言うことを聴きません。

自分の満足と、相手の満足が一致するようにしてはじめて人を動かすことが出来るというモノです。


*1 同書では他人からの評価よりも心理的な評価の歪みから説明が加えられています。

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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