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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

第12回 馬鹿なヤツを見つけたら

2007年8月20日

 (飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」第11回より続く)

自分から見て馬鹿みたいな行動をしている人を見たとき、「非合理的な行動をしているから、頭が悪い」とは考えるのではなく、「あの人は自分とは異なる目的に基づいて行動している」、「(自分から見ると非合理的としか思えない行動をすることで)彼はむしろ満足している」という思考法は、ストレスのない日常生活、効率的なビジネス、正しい政策立案という本連載の3つの目標[*1]へのファーストステップだと思います。

■「みんな馬鹿」と差別

特に自分に害悪があるわけではないが、本人にとって得にはならないと思われる行動をしている人を見たとき、みなさんはどんな感情を抱きますか? 

例えば、コストパフォーマンスの悪いレストランに通っている人を見たとき。また、今月の営業ノルマを達成できなければいよいよリストラが待っているのに遊休とって彼女と旅行に行くという同僚を見たときとか。勉強しない大学生なんていうのもありますね。こんなとき多くの人は「馬鹿だなぁ」と思うか、心の中で嘲笑するでしょう……なかには怒りを覚えるという人もいるようです。

しかし、本当に彼らは馬鹿なのか。さらには怒りの対象になるようなことをしているのでしょうか。あなたがコストパフォーマンスが悪いと思っているレストランにはあなたにとってはどうでもいいけれども、当人にとっては大切な「いいところ」があるのかもしれません。店員さんがその人好みの美人だとかね。そして、リストラ候補の彼にとっては職よりも彼女との時間の方が大切だということでしょうし、勉強をしない大学生は教養あふれる人生(?)よりも友達と過ごす時間やひとりアパートの部屋でぼんやりする青春のひとときを選択しているだけのことなのです。

このように考えると、自分に被害が及ばない限り、人の行動や主義主張にイライラしたり怒りを覚えたりすることが無くなります。宗教や性的マイノリティへの差別の少なからぬ理由がこの種のイライラ感のように感じます。ちょっと大風呂敷を広げると、世の中の大多数が「自分以外も馬鹿じゃない」という視点をもつとこの手の問題もかなり改善されるんじゃないでしょうか[*2]。

これは余談ですが、僕は趣味や食事にこだわりの多い人があまり得意ではありません。主観的なこだわりを語る人自体は嫌いじゃないんですが、こだわりの多い人に限ってその「こだわり」に必死に客観的な理由をつけようとする。その気持ちは痛いほどわかるんですが、なんというか大変な生き方を選んでいるな……と思うとつらくなってきてしまうんです。

■マーケティングのための思考法

なんだか禅問答のようになってきましたが、一見非合理的に見える行動にも理由があるという視点はビジネスに大きな力を発揮します。

自分にはどうしても非合理的に感じる行動をしている人がいたとしましょう。非合理的のように感じるということは……あなたからみて彼の行動はコストが高くてベネフィットが小さいというわけです。

ここで勘のいい方は、その経済的な意味に気づかれたかも知れません。非合理的な行動をとる人は……高いお金を出して、どうってことない「財・サービスを買ってくれる人」なのです。非合理的な人をみつけたら喜ばなければなりません。そこにあなたが気づかないニーズが潜んでいるのです。

そして、このような「自分から見て非合理的」さらには「ほとんどの人にとって非合理的」な人が結構いることがわかったなら……あなたはブルーオーシャン[*3]に到達したかも知れない。少なくとも、なかなか有望なニッチを見つけられたことは間違いないというわけ。

かつて、途上国からの輸入雑貨は現地の価格からみてずいぶんと高かったものです。海外経験が豊富な人にとっては、海外に行けば二束三文の(さらには品質が高いとも思えない)雑貨品を国産の高品質の代替品よりも高い値段で買う人は馬鹿みたいに見えることでしょう。しかし、エスニック調の雑貨の愛好者にとって重要なのは品質ではなくデザインや手作り感です。仕事を休み[*4]、言葉の通じない国で買い物をする。さらには、一回の旅で一つの国の雑貨しか買えない……それよりは高くても輸入代理店から購入するのが当人の中では合理的行動です。この状況に気づいたならば、スケールメリットを生かした形での雑貨輸入は美味しい商売だということがすぐに理解できることでしょう。実際、現在では途上国からの雑貨輸入はそんなに儲かる商売ではないようです。

個人的な経験をお話しすると、3年くらい前秋葉原に当時はやり始めていたメイド喫茶を見にいってきました。働いてるのは高校生くらいの女の子ばかりだし、たいして接客をしてくれるわけでもないし、飲み物はペットからコップに出すだけだし……そのくせ結構な値段。こんなのをありがたがっている人は変だな。やっぱりオタクの心理はわからないや……と思ってそんなにはまりませんでした。水商売のような接客を求めていない人、安い時給で働いてくれる高校生……今やメイド喫茶に代表される萌えビジネスは大市場です。かくして僕はせっかくみつけかけたブルーオーシャンをモノにすることはできませんでした[*5]。

あなたの周りに非合理的で馬鹿な人はいませんか? そして、(あなたの基準では)普通に考えて非合理的なことばかりしているグループはいませんか? もしイエスならば、「彼らがなんでそれを行うのか」について真面目に考えてみましょう。そこに金儲けのタネが潜んでいるかも知れません。

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*1 今決めました.
*2 ただし,このように各人の主観を認めるということは「××教徒は死んでしまえ」「ホモは許せない」という主観判断をも認めることになるので問題はそれほど単純ではありませんが.
*3 Chan Kim W. and Renee Mauborgne (2005) "Blue Ocean Strategy: How To Create Uncontested Market Space And Make The Competition Irrelevant," Harvard Business School Press(有賀裕子訳『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』,ランダムハウス講談社).
*4 連載第9回の機会費用を思い出してください.
*5 こういうことにやたらと詳しい友人によると,今やメイドビジネスは過当競争でちっとも儲からないそうです.

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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