第6回 割引現在価値で意思決定
2007年6月25日
■どちらが得か?
私たちの人生は迷いの連続です……というとなんだか宗教みたいですが、確かに私たちは毎日ありとあらゆることについて「どっちにしようか」迷いっぱなしです。昼飯をカツ丼にするかカレーにするかという程度の問題ですら即断が難しいことがあるくらいです。こんなケースではカツとじカレー[*1]を食べればよい等の適切な解決法を見つけることが出来ますが、もう少し重要な問題に関してはそう簡単に答えは見つかりません。
どんな資格を取るべきか、転職すべきか否か、借家住まいと持ち家ではどっちが得か。人生において一大事! といえるような迷いの困難さはそれが、一時点ではなく、多時点に関わってくるところにあります。単純な問題についても、時点にまたがると急に難しくなります。「今、90万円もらうのと100万円もらうのはどっちがいい?」と聞かれて答えに詰まる人なんていませんが……「今90万円もらうのと、来年100万円もらうのとではどっちがいい?」と聞かれるとちょっと迷うでしょ?
そして、この種の重要な意思決定は、その意思決定後永遠に「ほんとうにこれでよかったんだろうか」「別の選択肢を選んだ方がよいんじゃないだろうか」と心の中にとどまり続け、ストレスを生み続けます。
後悔しない意思決定を! というのは意思決定理論の究極目標ですが、そこまでのぜいたくはなしにしてもせめて理由のある意思決定をしたいものです。元祖経済学者ライフハッカーであるフィッシャーが確立した割引現在価値と言う思考法は、意思決定の要点である「比較」に一つの理由を提供してくれます。
■自分の割引率を知る
割引現在価値のアイデアを使うと、意志決定の難所である「異なる時点間」の比較が可能になります。1年資金を預金しておけば利子が付いて95万円が100万円になるというとき……1年後の100万円の割引現在価値は95万円というわけです。
初歩の経済学ではこのように、n年後の金額を(1+預金等の安全利子率)のn乗で割って割引現在価値を計算します。これを「割引く」「安全利子率で割引いた」といいます。
しかし、なんか騙された気がしませんか。「95万円を預金しておけば1年後には利子が付いて100万円になる……だから今日95万円あげるかわりに来年100万円渡すよ」といわれても納得できないじゃないですか。一つは、その彼が本当に約束を実行してくれるのか? というリスクの問題。第二に、そんな先の事じゃなくて今金が欲しいんだよ! という自分自身の問題です。
前者の問題に対しては、リスクがある場合には安全利子率よりも少し大きな値で割引いくことで対応します。そして、後者の問題に対して経済学が用意する答えはそれぞれの人には個人的な好みや状況に対応した「主観割引率」があるというものです。
tipsとして割引現在価値を使うためには、自分の割引現在価値を知っておかねばなりません。でも、そんなの知っている人なんていませんよね(僕も正確には知りません)。そこで、ここでは自分の割引現在価値を大まかに知る方法を考えてみます。
まず、借金・ローンは無く[*2]手元に十分な余裕資金があって特にお金に困っていないといううらやましい人についてです。さらに、特に商才や株式投資などの才能ももちあわせていないとしましょう。仮にAさんとしましょう。まぁAさんのケースの典型例は親から結構な額の遺産をもらっちゃったような人でしょうか。リスクのない将来のお金に対するAさんの割引率は少なく見積もって安全資産利子率、そうですね長期国債あたりの利回りと同じです。年率で1.5-2%ってところですね。一方、利殖の才能がある場合。例えば年率7-8%で投資収益を上げる能力があるという場合には、その7-8%があなたの割引率です。
一方、借金・ローンがある場合には話は簡単です。20年固定金利3.5%で3000万円の住宅ローンを抱えているBさんについて考えましょう。Bさんの(20年以内、2000万円以下の将来に対する)割引率は最低でもその住宅ローン金利、つまりは3.5%と同じと考えればよいでしょう。そして、消費者金融から年利15%で300万の借入があるCさんの割引率は少なくとも15%です。
■人それぞれの評価基準
無借金のAさん、住宅ローンを抱えるBさん、サラ金に手を出しちゃってるCさんの主観割引率をそれぞれ、2%(0.02)、3.5%(0.035)、15%(0.15)としましょう。1年後の100万円の評価額は100万円÷(1+割引率)です。すると「1年後の100万円のかわりになる現在のお金」は、Aさんが約98万円、Bさんが約97万円、Cさんが約87万円ということになります。
Cさんはともかく、1年後の100万円の評価に関してはAさんとBさんでそんなには差がないようです。しかし、これは「たった1年後」の話だからに他なりません。年率1.5%の違いであってもそれが積み重なると大きな差になります。そして、職業選択や住宅購入はその後数十年の問題にもなってしまう。次回は、割引現在価値のアイデアを使って職業選択の問題を考えてみましょう。
*1 ジャンクに縁のない方のために解説しておくと……カツとじカレーとは皿に盛ったカツ丼にカレーを掛けたといういかにも「何でもあり」感漂う料理です。カロリーを考えると恐ろしい限りなのですがたまに食べたくなります。
*2 借金というとすぐに消費者金融等を思い浮かべます。私たちの多くが数千万の借金をすることがあります。それが住宅ローンです。余談ですが、アンケート調査などで「資産はどのくらいですか?」「負債はどのくらいですか?」と聞くと、多くの人が住宅資産と住宅ローンを含まない金額を答えるそうです。そのくらいマイホームには「資産」「借金」という意識が希薄なようです。
飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」
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