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飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」

気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。

第5回 これが元祖!経済学でライフ・ハック

2007年6月18日

■経済学者のLife Hacks!

長い長い導入部で「経済学はHacks! 的で,Hacks! は経済学的だ」というお話しをしてきました。こうもしつこいと、経済学ファンの皆さん、そしてハックツール愛好家の方々もともに「こじつけくさいなぁ」と感じられたかも知れません。でもほんとにそうなんだってば! というわけ(?)で、しばし経済学者のLife Hacks! について書いていきたいと思います。

経済学者によるLife Hacks! と言って私たち日本人が第一に思いつくのは、野口悠紀雄氏でしょう。『「超」整理法[*1] 』の押し入れファイリングや時系列整理は今もなおHacks! ツールの基本です。でも、今回紹介するのはもっともっともっと大物(!?)のお話。現代経済学の父か母[*2]であるアーヴィング・フィッシャー(Fisher, Irving 1867-1947年)についてです。

フィッシャーは現代の経済学の基礎を作り、さらには経済政策の最重要課題の一つである物価を指数によって表現する技法を開発した経済学者でありながら、同時代人にとっては経済学者としてより……今日的に言うとLife Hackerとして知られていました。

自身の闘病生活から編み出した運動と菜食による健康法の本を書き、さらに現代でも名刺ファイルなどでたまに見かけるローロデックス[*3]というカード式のデータ管理ツールを発明しました。このようなサイドワークだけでなく、彼の理論のひとつを現代的な意思決定ツールの基礎とする論者もいます[*4]。

■目先のお金と将来のお金

フィッシャーによって確立された意思決定ツールは割引現在価値(PV: Present Value)という考え方です。

今日1万円もらうのと、明日1万円をもらうのではどっちがいいですか?……こうも近い現在と将来の話ではピンと来ないかも知れないですね。では、今日1000万円もらうのと、1年後に1000万円もらうのではどちらがよいでしょうか。これは全員が「今日もらう方がよい」と感じるでしょう。今現在、どうしても金が必要だとか結構な金利で金を借りてしまっているという人にとってその理由は自明です。しかし、今のところ別に使う予定はないという人にも「来年よりは今年」と考えるのはなんでなのか。ここで、その理由を考えてみてください。

第一に、今後一年の間に「自分に1000万円くれる予定の人」の状況が変わってしまうという心配があります。さらには、自分が1年以内に死んでしまうかも知れません。また、今のところ使わないとしても、預金をするなり個人向け国債を買うなりしておけば1年後には1000万円ではなく……銀行を選べば5万円くらいの追加収入を得ることが出来るじゃないですか。

このように考えると、「今もらう1000万円」と同じくらいに価値がある「1年後にもらうお金」は1000万円以上だということになります。もし、今のところ金に困ってはいないし、相手が払ってくれないとか自分が死んでしまうという危険性もないとしたならば……今もらう1000万円と同じくらいの価値がある1年後のお金は、1000×(1+預金金利)万円ということになるでしょう。

ここで、今までの話を「逆立ち」させてみましょう。現在のX円と1年後の(1+金利)X円が同じならば、1年後のZ円と同じ価値がある「現在のお金」はZ/(1+金利)円ということになるじゃないですか。このZ/(1+金利)円が1年後のZ円の割引現在価値(PV)です[*5]。

■適正な(?)地価を求めてみよう

様々な資産の優劣をつけたり、資産の適正価格を探る上でPVの値は重要な目安となります。

ある土地のオーナーになると月10万円の地代収入が得られるとしましょう。ここで、その土地の維持費・税金は年20万円とすると、この土地は毎年100万円の収益をオーナーにもたらすことがわかります。仮に今後地代に変化がないとしたならば、この土地を所有することで得られる収益のPVはいくらになるでしょう[*6]? rを金利とすると、この土地から得られる収益は、

  今年の100万円のPV =100万円
  1年後の100万円のPV = 100/(1+r) 万円
  2年後の100万円のPV = 100/(1+r)^2万円
  ……
  x年後の100万円のPV = 100/(1+r)^x万円
  ……

土地は消えて無くなったりしませんから、これらを無限に足し合わせた合計がこの土地の割引現在価値です。等比数列の和の公式をちょっといじるとこれは100/r万円になります。現在、代表的安全資産である長期国債の利回りは1.8%くらいですから100÷0.018≒5556万円が毎年100万円の「上がり」がある土地の適正値段というわけです。

ここで不動産価格の相場に詳しい人は「おや?」と思われたと思います。これってちょっと高すぎです。経済学の授業では安全利子率である国債利回りなどを使って様々な資産の割引現在価値を求めていきます。ビジネスシーンで利用するためには大きな欠点があるんです。次回は、その「欠点」とPVの考え方をtipsとして利用するための方法を考えてみましょう。

[*1] 野口悠紀雄(1993)『「超」整理法』、中公新書。僕は学部生時代押し入れファイリングを実行していました。今も「ポケット一つの原則」は遵守しています。
[*2]もう一人はアルフレッド・マーシャル(Marshall, Alfred 1842-1924)かな。(30代以上の人にとっては「近経」という馬鹿みたいな名称でおなじみの)数式とかグラフとかいっぱい出てくる今風の経済学は19世紀末から20世紀初頭に始まります。
[*3]こんなやつです。
[*4]Bucanan L. and A. O'Connel (2005), “A Brief History of Decision Making.” 『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』、2006年4月号。
[*5]X= Z/(1+金利)をすぐ上の関係に代入してみてください。
[*6]簡単のため地代・維持費・税金は末一括払いとし、現在は12/31だとします。

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プロフィール

1975年生まれ。駒沢大学経済学部准教授。著書に『経済学思考の技術』『ダメな議論』、共著に『論争 日本の経済危機』『セミナール経済政策入門』などがある。

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