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濱野智史の「情報環境研究ノート」

アーキテクチャ=情報環境、スタディ=研究。新進気鋭の若手研究者が、情報社会のエッジを読み解く。

岡田斗司夫『いつまでもデブと思うなよ』から、情報社会について考える(1)

2007年10月11日

(これまでの濱野智史の「情報環境研究ノート」」はこちら

■その1. 岡田ダイエット本の概略:自らの「意志」に頼るな、とにかく「記録」せよ

たまには日記的な話題から始めてみたいと思います。先日筆者も遅ればせながら、岡田斗司夫氏のダイエット本、『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)を読んでみました。これが評判に違わず、大変に面白い本でした。筆者もかなりデブの部類に属しているのですが、とにかく耳の痛い話&思わず頷いてしまう話の連続です。「デブはそれを太りやすい体質のせいにしがち(実は単にカロリー過多なだけ)」「デブがファミレスのメニューを開いて一番食べたいものを指差すと、必ずカロリーが高いものばかり」「デブはちょっとでも満腹感が消えるとすぐに食べてしまう(身体レベルでの満腹感を喪失している)」といったあたりは、まさに「そうそう」といった感じでした……。

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さて、とはいうものの、今回の趣旨は、いまさらこの本の書評を展開することではありません(それらはすでに書評系ブログに大量にアップされていることですし)。ここでは、もう少し「斜め」からこの本を読んでみたいと思うのですが、まずはある程度内容を共有するために、「正面」から同書の紹介をしておきたいと思います。

この本で岡田氏は、大の運動嫌いの人でも持続可能なダイエット法として、「レコーディング・ダイエット」という手法を紹介しています。これは要するに、ひたすら自分の食べた食事内容とそのカロリー、そしてその日の自分の体重(と体脂肪率)をメモに記録していく、というものです。しかも面白いのが、はじめのうちはただ記録を取るだけで、食事のカロリー制限等は一切しないということ。なぜなら、いきなり食事制限とか運動とか、普段とは違う「辛いこと」をしようとしても、その意志が続くわけがないから、と岡田氏はいいます。

そこで岡田氏は、まずは自分のだらしない食生活の有様を徹底的に記録し、自分の「カロリー過多」の現実――カード破産してしまうような「多重債務者」は、たいてい自分の借金の額を把握できていないという事態に喩えているのですが――を客観的に観察することが肝要だといいます。ただし、あくまで「記録」や「観察」をするだけで、これからやせるぞ! といった「決意」や「決心」は一切不要である、と岡田氏は再三繰り返します。

すると不思議なことに、岡田氏の場合、ただ記録をつけているだけで、やせてきたといいます。これを岡田氏は、夜中にちょっとポテチやコーラを飲みたいと思っても、「記録をつける」のが面倒だからやめよう、という心理が時折働いたから、と説明しています(岡田氏の場合は当初120kg近く体重があったということですから、確かにこうしたちょっとした節食の積み重ねで、体重の低下につながったのでしょう)。

このレコーディングが軌道に乗ったら、いよいよ次に1日1500kcal以内という食事制限を掛け合わせるフェイズに移行するのですが、岡田氏は、これも「意志」や「決意」で乗り切ろうとしてはいけないといいます。そこで岡田氏が提唱するのが、1日1500kcalという制限を、「知恵」や「ゲーム感覚」で乗り切るというアプローチです。たとえば一日一食だけは自分の好きなものを食べて、他の食事をどうやってカロリー制限内で乗り切るか、というゲーム感覚で臨む。この段階に入ると、1500kcalに抑えるだけでガンガンやせるので、その快調な数字の下落を見ているだけで楽しめる云々。

また、どうしても食事制限が辛くなったときも、自分の記録してきたメモを見れば、また続けることができると岡田氏は語っています。なぜなら、自分のこれまでの努力の蓄積を裏切るのは「もったいない」と感じるからです。この心理的作用を岡田氏は、「ゲームで保存していたデータが消えてしまったときの、衝撃や落胆」という例を挙げながら、「たかが「遊び」なのにあれだけショックを受けるのは、人間というのは「今までの自分の努力や時間が無駄になる」ことを何より怖れ嫌う生物である証拠」と説明しています。

さらに、このカロリー制限を続けて数ヶ月が経ち、体重が標準レベルに戻ると、次第に味覚も変化してくると岡田氏はいいます。たとえば、とんかつやポテチやマックやピザやコーラといった「デブ飯」が美味しく感じられなくなり、それに代わって「体が本当に必要としているもの」――ひじきやプルーンや海苔といったヘルシー食品――が食べたくなるのだそうです。これを岡田氏は、「頭」で味わってみたいと思う「欲望」型の食欲と、「体」が必要としている「欲求」型の食欲に分けた上で、デブはグルメ産業が発する「欲望」のサインに幻惑されるあまり、体の発する「欲求」のサインをシャットアウトしてしまっているのだ、と表現しています。大袈裟にいえば、岡田氏は「《消費社会論》的動物」から「《生物学》的動物」へと至ることを提唱しているというわけです。

――以上がおおよその要約なのですが、とにかく岡田氏は、カロリー制限をすることや運動をすることよりも、「記録を取る」ことが最優先だと強調しています。そして岡田氏自ら、過去にいくつかのダイエットを試して挫折した経験があると語った上で、この方法こそがデブにとっては「持続可能」だというのです。

その論拠を筆者なりにまとめるならば、次のようになります:デブという存在は、定常状態として、「食事を楽しむこと」に対するインセンティブを(自覚しているか否かに関わらず)強く持っています。こうした存在にとって、「やせよう」という内面的規範を必要とするダイエット法、いうなれば「意志ドリヴン」のアプローチは持続可能とはいえない。そこで、まずは自分の食生活をレコーディングし、「数字」という客観的なかたちで――いうなれば「データドリヴン」のかたちで――自己を観察する。そのことによって、「なんか常に食ってる自分」への《不快感》と、「特に何もしなくてもやせる」という《快感》をインプットすることで、デブの心理を支配している「とにかく常に何かを口にしたい」というインセンティブの優先順位(選好構造)を組み替えてしまう。一度インセンティブの構造さえ組み替えることができれば、あとは強い意志の力なぞ借りなくても、ゲーム感覚で/生物学的欲求に従ってダイエットを持続することができるのである、と。

[その2]へ続く)

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プロフィール

1980年生まれ。株式会社日本技芸リサーチャー。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程修了。専門は情報社会論。2006年までGLOCOM研究員として、「ised@glocom:情報社会の倫理と設計についての学際的研究」スタッフを勤める。