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濱野智史の「情報環境研究ノート」

アーキテクチャ=情報環境、スタディ=研究。新進気鋭の若手研究者が、情報社会のエッジを読み解く。

第18回 「アーキテクチャ・デザインのための隠喩」としてのゲーム

2007年9月27日

(これまでの 濱野智史の「情報環境研究ノート」はこちら

――ゲームから「情報環境=アーキテクチャ」を考える(2)

■18-1. 「Microsoft Office 2007」に乗り換えてみた

今回はかなりユルイ話を書いてみます。いまさらの話題ではあるのですが、筆者は最近になって、職場のPCに「Microsoft Office 2007」を導入しました。するとこれが吃驚。すでに多くの方が指摘されているように、そのあまりのインターフェイスの変更ぶりに愕然としてしまったのです。まだご存知でない方は、1年以上前のものですが、次の記事等をご覧ください→Office 2007の新UIは「あまりに大きな賭け」:ITPro。この記事では、

低級Officeユーザーの筆者ですらイライラするのだから,これまでのOfficeを使い込んだ「上級ユーザー」のイライラは想像を絶するものがある。Office 2007は,多大なコストをつぎ込んでユーザーが習得したノウハウを損なおうとしている。

と書かれているのですが、まさにその通りとしかいいようがありません。しかも最も許しがたいのが、同記事でも触れられているとおり、今回のOffice 2007にはWindows OSの「クラシック表示モード」(過去のインターフェイスに戻す機能)に相当するものが搭載されていないということ。これに類似した他社が開発したアドオンツールはあるのですが……。もちろん、Office 2007になって使いやすくなった面も多いのですが、慣れないうちは、体に染み付いた旧来版の操作方法が障害になって、とてもまともに使えたものではありませんでした。

■18-2. OfficeアプリケーションがもしRPG化したら……

さて、Office 2007に関する愚痴はこれくらいにしておきましょう。ここで妄想してみたいのは、Officeをはじめとするアプリケーションのインターフェイスやユーザビリティを、いわゆるドラクエやFFのような「RPGゲーム」風に設計してみる、といったようなことです。

それはどういうことでしょうか。通常、ソフトウェアというのは、購入してインストールすると、(試用版等の場合を除いて、)はじめから全ての機能が使えるようになっています。しかし、Officeのような大規模なソフトウェアは、膨大な機能を持ち、しかもその機能を知るためのマニュアルも膨大なため、それを使いこなすにはずいぶんと時間がかかってしまいます。そもそも、どのような機能があるのかを知るだけでも一苦労です。

そこで、この「Officeに習熟する」という学習過程そのものを、RPGゲームの「経験値とレベルアップ」の仕組みに置き換えてみてはどうか。レベル1の状態では、「ファイルを開く」「ファイルに保存」しか出来ないけれども、段々と機能を使いこなしていくうちに経験値が溜まり、レベルアップする。レベルが上がると、新しい「スキル」としてメニューの使用可能な機能項目が増えていく……といった感じです。もちろん、アプリケーションをバージョンアップするたびにレベル1からスタートするのは面倒ですから、レベルやスキルの「引継ぎ」を可能にしておけばいいでしょう。

■18-3. OfficeアプリケーションがもしMORPG化したら……

また近年では、例えば「Google ドキュメント」「Zoho」「ThinkFree」等に代表される、いわゆる「Online Office」と呼ばれるWeb 2.0系アプリケーションが注目を集めてきましたが、これらもせっかくオンライン上で利用できるのですから、「ネットワークRPG」化したとしたら……と夢想してみます。

まず、利用者は「ロビー」上に集まり、他のユーザーのレベルやスキルといった「プロフィール」が参照できる。他のユーザーがこれまで作成したドキュメントも、サンプルとして閲覧できます(文章内容は業務的に差しさわりもあるでしょうから、あくまで「デザイン・テンプレート」だけが閲覧可能)。そして、初心者が何か難しいドキュメントを作成する場合は、それを「クエスト」としてロビーに立てて、上級者からのヘルプ操作を募ることもできる。Officeのヘルプといえばあのウザったい「イルカ」でしたが、ゲームの比喩を使えば、こいつはNPC(Non Player Character)だからウザかったわけです。それが「ネトゲ版 Online Office」では、「PC」(Player Character)化されるというイメージです。

これでもうOfficeの分かりにくいヘルプと睨み合う必要はないのですが、もちろんそれだけでは上級者が初級者を助けるインセンティブに乏しいので、「RMT」(Real Money Trade)に類似した仕組みも必須でしょう。クエストの「参加条件」は自由に設定可能になっていて、無償にすることもできれば、募集者が任意の額の報酬を設定する――参加者側の「競合入札」式でもいいかもしれません――こともできる。イメージはざっとこんなところです。

もし上の「ネトゲ版 Online Office」に新しい言葉をあてるとしたら、これは『モンスターハンター』等の「MO」(Multiplayer Online)と呼ばれるアプローチに近いので、さながら「MOO」(Multiplayer Online Office)といったところでしょうか。もしかしたら、筆者が寡聞にして知らないだけで、上のような「MOO」的な要素を実現したOnline Officeは、すでに存在するのかもしれませんが。

■18-4. 「アーキテクチャ・デザインのための隠喩」としてのゲーム

話は横道にそれますが、正直なところ、筆者はこれまでOnline Officeと呼ばれるウェブアプリケーションにはほとんど注目してきませんでした。というのもOnline Officeは、「プラットフォーム戦争」という目線からは過剰に注目されているように思われる一方、「アーキテクチャ研究」の観点からは、現在のところ見るべきものが少ないように思われるからです。

それはなぜか。これまでOnline Officeは、いわゆる「Web 2.0時代の新プラットフォーム企業 Googleが、旧世代の覇者 Microsoftの牙城を脅かす」といった類の、極めてわかりやすい対立の構図の下で紹介されてきました。いうまでもなく、これまで「Microsoft Office」は、べらぼうに高い(と一消費者としては感じる)価格設定と、独占的な市場占有率を達成してきたわけですが、そこに無料の「Online Office」が登場したとすれば、それは確かにMicrosoft社にとっては脅威だろう、と。ただ、結局のところ「Online Office」の多くは、「いかにMicrosoft Officeに近づけるか」といった点で比較・評価されているに過ぎない(というよりも、現状それしか評価基準がない)、という印象を受けます。もちろん、それは卓抜な技術の結晶なのでしょうが、「AJAXでこんなこともできる」というデモンストレーションに過ぎないという印象も強く、あまり刺激的ではありません。もちろんOnline Officeの多くには、ローカル版にはない、「ドキュメントの共有・編集機能」等の新機能も搭載されてはいるのですが、まだまだその可能性は十分に開拓されていないように思えます。

……ということで、その可能性の一つとして妄想してみたのが、上のゲーム的アプローチというわけです。もちろん、上の話は単なる筆者の妄想に過ぎませんし、とりわけ目新しい話というわけでもありません。たとえば「モバゲータウン」には、「サークルの木」という育成ゲーム的なコミュニティ要素があるように、ゲーム的にアプリケーションやコミュニティをデザインするというアプローチは、すでに各所に見られます。またセカンドライフの場合は、いわゆる「3Dゲーム」から「ゲーム性」を《取り除く》というアプローチが採用されていたわけですが、これとは逆に、上で紹介したゲーム的アプローチは、「ゲーム性」によってアプリケーションやコミュニティを《秩序付ける》ものと表現できるでしょう。

このように、――これは前回の「マリオカートとニコニコ動画の共通点」と同じ趣旨ですが(第17回)――人を何十時間もコンピュータの前に居続けさせるという点において、コンピュータゲームには極めて長いデザイン方法論の蓄積があるのだから、アプリケーションやコミュニティを設計する際、そのメタファをもっと広範に取り入れることが可能ではないか。大仰にいえば、『隠喩としての建築 [アーキテクチャ] 』(柄谷行人)ならぬ、「アーキテクチャ・デザインのための隠喩」としてゲームを捉え返すということ。そういったアプローチの可能性について、今後も考えていければと思う次第です。

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プロフィール

1980年生まれ。株式会社日本技芸リサーチャー。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程修了。専門は情報社会論。2006年までGLOCOM研究員として、「ised@glocom:情報社会の倫理と設計についての学際的研究」スタッフを勤める。