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濱野智史の「情報環境研究ノート」

アーキテクチャ=情報環境、スタディ=研究。新進気鋭の若手研究者が、情報社会のエッジを読み解く。

第16回 セカンドライフの「多義性」縮減機能について

2007年9月 7日

――セカンドライフ考察番外編

(濱野智史の「情報環境研究ノート」」第15回より続く)


さて、前回で一通りセカンドライフについては論じ終えたのですが、最後に言い残したことを一つ。以前筆者はセカンドライフについて、「真性同期型アーキテクチャ」である以上、「ソーシャルメディアとしての『伸びしろ』」は低いと指摘したのですが(12-2)、この特性はむしろ、セカンドライフのようなサービスは、(MMORPGがしばしばそう形容されるように、)「メディア」ではなく「チャット・ツール」に向いている「はず」ということを示唆しています。

というのも、以前第8回で「メディア・リッチネス理論」について論じたように、本来であれば、単一の身体と単一の場所を共有した「真性同期的」なコミュニケーションのほうが、身振り・トーン・即応性といった文脈情報を多く含んでいますから、「多義性」を縮減する性能は高い「はず」だからです。ただし、セカンドライフは現状のところ、あまりコミュニケーションの多義性を縮減する機能としては注目されておらず、新奇的なビジュアル面だけが注目されてしまっているように思われます。

この点については、慶應SFCの井庭崇研究室で実験的に行われた、セカンドライフ上のゼミに関するレポートが参考になります(IBALOG - Concept Walk 再び、セカンドライフ上でゼミを実施(井庭研究会2))。このレポートで興味深いのは、せっかくセカンドライフで「リアル」なアバターを操作しているはずなのに、ゼミ生の皆さんがチャット欄に顔文字(AA)を積極的に打ち込んでいる、ということです。上のページから引用すると、

「アバターが視覚情報として与えられているのに、顔文字を打たなければならない感覚は不思議でした。表情や抑揚って、会話において非常に重要な要素なのだと改めて感じました。」

「セカンドライフで3Dの凝ったアバターがあるのに、メッセージで顔文字などを使って表情を表現していることが少し違和感を感じました。アバターの表情が読み取れるようになると良いですね。」

といったゼミ生の皆さんの感想が紹介されています。


(セカンドライフ上でゼミを実施(井庭研究会2))

実際にはセカンドライフにも、アバターにジェスチャーをさせるためのコマンド(「/bow」や「/laugh」等)は数多く用意されているのですが、顔の表情まで細かに操作するのは難しい(あるいは単純にその操作法を覚えるのが面倒くさい)ということなのでしょう。結局チャットが使えるのであれば、使い慣れた顔文字のほうが反射的に使われてしまうわけです。つまり、どれだけセカンドライフが「リアル」なサービスを謳っていても、文脈情報の伝達・表出という点ではまだまだ不十分だということがよく分かります。


(顔文字を使って行われたチャットの様子)

また、いずれの感想からも、皆さんが文脈情報に少なくない注意を払っていることがよくわかります。これはおそらく、セカンドライフが見かけ上「リアル」なサービスであるがゆえに、本来そこにあるべきはずの「表情」や「抑揚」といった文脈情報の不在が、とりわけ強く意識されてしまったからなのかもしれません。

いずれにせよ、上の事例は、次のような事実を改めて再確認させてくれます:すなわち、顔文字という存在は、文字限定的なCMC環境(つまり掲示板やチャットやメール)において、効率的に「文脈情報」を伝達するためのメソッドとして彫琢されてきた、ということです。これはつまり、セカンドライフのような仮想空間型サービスにとっての真のライバルは、同じ「多義性縮減能力」を有する、顔文字のような「文化的資産」なのかもしれません。いいかえれば、セカンドライフのような仮想空間型サービスを真に新しいとみなしうるためには、顔文字のようなレガシーな手段を質的に凌駕する――あるいはそれを有効に引き継ぐような――インターフェイスを備える必要がある、ということです。

(上の2つの画像は井庭さんのブログから引用しました。引用元:IBALOG - Concept Walk 再び、セカンドライフ上でゼミを実施(井庭研究会2)

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プロフィール

1980年生まれ。株式会社日本技芸リサーチャー。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程修了。専門は情報社会論。2006年までGLOCOM研究員として、「ised@glocom:情報社会の倫理と設計についての学際的研究」スタッフを勤める。