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合原亮一の「科学と技術の将来展望」

Wiredの記事を中心にウォッチしながら、科学・技術とその将来を考える。

人の写真を改変できる「カメラ銃」の仕組みとその限界

2008年7月10日

人が撮っている写真に好きな画像を割り込ませることが出来る「カメラ銃」なる装置をワイアードビジョンが紹介している。見知らぬ人が撮影している写真を、好きな画像で乗っ取ることが出来るというのだ。装置の正式名は『Image Fulgurator』(「イメージをフラッシュで浴びせるもの」という意味)という。翻訳スタッフから「どういうものか良く解らない」という声が上がったので、簡単に解説しておこうと思う。

簡単に言うとカメラ銃は、普通のフィルム式カメラを利用し、写真撮影時と全く逆の方向に光を送ることで、「被写体をフィルムに写す」のではなく「フィルムの画像を被写体に投射する」装置だ。逆にも働くことができる機械は実は珍しくない。実はモーターが発電機として、スピーカーがマイクとして使えることを知っている人は多いと思う。同様にカメラはレンズから入って来た光をフィルムに画像として結像させる装置だが、逆に、フィルム(スライド)上の画像を後ろからストロボで光らせれば、その光がレンズを通して被写体に投射されてしまうのだ。

写真撮影の物理的プロセスなどに関心を持ったことが無い人には、仕組みをイメージするのが難しいかもしれないが、技術的、理論的にはそれほど難しい話ではない。なお記事を読み直してみたところ、誤訳とまでは言い切れないが、誤解を与えやすい部分が気になったので、記事自体にも少し手を入れさせてもらった。ご了承いただきたい。例えば、フラッシュをフラッシュバルブと混同されないよう、ストロボに置き換えるなどだ。フラッシュバルブを使うとカメラ銃がうまく機能しない可能性が高いためだ。

本題に戻って、人が撮影する写真に画像を滑り込ませる仕組みを見て行こう。簡単に言うと、誰かが何かの写真を撮っているときに、その被写体にカメラ銃で好きな画像を投影するだけだ。例えば被写体の人に、広告の文字や画像をスライド等と同じように投射し、その写真を撮らせれば、広告付きの人物写真が出来上がるというわけだ。しかし、ただ被写体に画像を投射したのでは丸見えだ。シャッターを切る人は居ないだろう。問題はいかにして誰にも気付かれずに画像を滑り込ませるかにある。これは実はストロボ撮影の仕組みを利用しているだけで、技術的に難しい点はほとんどない。

ストロボの発光時間はマイクロ秒単位である。つまり長くても1ミリ秒程度しか発光しない。その時間に合わせて画像を投射するのは技術的に非常に困難だ。しかし幸いなことに、カメラ自体がこの短いストロボ発光に同期できず、ストロボ撮影時は1/60秒など余裕を持って長時間露出する設計になっているのが一般だ。1/60秒は約16ミリ秒。ストロボは1ミリ秒に満たないので、16回以上発光できるわけだ。カメラ銃はこの時間の差を利用している。

つまり、まずターゲットとなるカメラの被写体にカメラ銃も焦点を合わせておく。ターゲットのカメラのストロボの発光をセンサーで検出し、即座にカメラ銃のストロボを発光させる。上述のように、ストロボ撮影時のカメラのシャッターは余裕を持って開くので、まだターゲットのカメラのシャッターが開いているうちに、カメラ銃によって被写体に光によって画像が投影されるわけだ。その画像は被写体で反射してターゲットのカメラに入る。つまり2重露出となるわけだ。被写体の上にカメラ銃の画像が映り込む仕組みがわかっただろうか。

カメラ銃が画像を投射している時間はストロボの発光時間であり、マイクロ秒単位だとしても、どうして誰もそれに気付かないのだろうか。その秘密は人間の眼の残像現象にある。ストロボの光が眼に入ると、その強烈な光で、しばらく他のものが見えなくなった経験があるだろう。カメラ銃はターゲットのカメラのストロボが発光した直後に発光する。マイクロ秒単位でだ。被写体を見ていた人はターゲットのカメラの最初のストロボ光で、一瞬にしても眼がくらんでいる。カメラ銃の光はその間に投影されるので、見えないというわけだ。

秘密はストロボの非常に短い発光時間にあった。短い時間の発光で写真が撮れるのは、光が非常に強いからだ。だから短時間にしても眼がくらんでしまう。人間にとっては短い時間だが、ストロボを発光させるには充分すぎる時間だ。その間にもう一度光ったカメラ銃からの投影の光には、誰も気付かないというわけだ。

仕組みがわかると、記事に書かれているほどカメラ銃が万能ではないこともわかってくる。まず、カメラ銃はいつでも使えるわけではない。作動のトリガーはターゲットのカメラのストロボだから、明るくてストロボが使われていないときには使えない。次に、多くのストロボが焚かれていると、ターゲット以外のストロボの発光で誤動作するだろう。真っ黒な被写体には効果的に画像を重ねることが出来るが真っ白な被写体の場合は難しそうだ。また看板など、被写体が発光しているような場合も、投射光の光量が負けてしまい、狙った効果が得られないだろう。

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プロフィール

ワイアードビジョン取締役で米Wired.comの翻訳を担当しているガリレオCEOも務める。身近な技術から未来技術まで、広範な関心を持ち、ちょっとしたエンジンや電気製品なら自分で修理したがるので周りの人は困っている。