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合原亮一の「科学と技術の将来展望」

Wiredの記事を中心にウォッチしながら、科学・技術とその将来を考える。

形が変わるビルは実現可能か

2008年7月30日

ワイアードビジョンが紹介している超高層ビル『Dynamic Tower』は、常にビル全体の形が変わるらしい。記事だけでは良く解らない部分があったのでちょっと調べてみた。

このビルの特徴は、プレハブ工法と変形することらしい。プレハブ工法自体は、高層ビルの場合そう珍しいとは言えない。多くの高層ビルは、鋼鉄の柱や梁だけで強度を支えており、その部材は工場で組み立てられたものが搬入され組み立てられる。外壁や床も、工場で組み立てられたパネルが組付けられることが多い。だが、どうもダイナミック・タワーの場合はちょっと違うようだ。

通常の高層ビルでは、箱だけ先に造り、内装はそれぞれの入居者が行う。しかしダイナミックタワーの場合は、工場で内装まで完成したユニットを組み立てて行く。平面図(下の方にある)を見るとわかるように、ただ積み上げるわけではなく、真ん中に円柱型のセンターコラム(とりあえずここでは中心の円柱形構造物を「センターコラム」と呼ぶことにする)を建設し、このコラムを中心に回転するよう、各階が独立した構造になるように組み立てる。

平面図にあるように、各フロアに駐車スペースがある。つまり、車で帰ってくると車ごとエレベーターで自分のマンションの階まで上がって行き、駐車スペースに車を停めると、家のドアは目の前というわけだ。素晴らしい設計だが、構造設計は大変そうだ。というのも、この高層ビルの各フロアは、中央のセンターコラムの部分で全ての荷重を支え、居住部分は全てそこから張り出したカンチレバー構造になっているからだ。当初は最外周の部分でも荷重を支えるのではないかと想像していたのだが、風力発電の仕組みに関する説明の図を見ると、そうではないことがわかる。各フロアにはかなりの剛性が必要になりそうだ。

構造以外にも気になる点がいくつかある。例えば、ダイナミック・タワーは「グリーン」ということになっている。上でも触れた風力発電と太陽電池で、消費される以上の電力を生み出す「予定」だからだ。フロアとフロアの間に全て大型の風力発電タービンが設置される「予定」だ。しかも風力発電につきものの騒音も無いという。しかし公表された文書によると風力タービンは、「イタリアの回転タワー技術工場で現在開発中です」となっている(この文書は日本語でも提供されている(PDF)ので、関心のある人はチェックしてみると良いだろう。何しろ世界中の金持ち向けに予約受付中。14カ国語で情報が提供されている)。

流体や風力発電を齧った人なら、普通の羽では自然のダイナミックレンジに対応するのは難しいことを知っていると思う。風切り音を防止するのが難しいことも。本当に実現するのだろうか。また太陽電池は各フロアの屋根に設置されるので、80階建てのこのビルには80層の太陽電池が設置されることになる。もしビルの形が常に、太陽光発電の効率を最大化するよう制御されるならともかく、外観や居住者の好みに合わせて形が変わるのなら、光が当たる太陽電池パネルはかなり少なくなりそうだ。

ビル風のような強風が吹き荒れれば、風力での発電量が期待できるかもしれない。しかし強風の場合、別の心配が持ち上がる。大型構造物が風の影響を受けやすいことは良く知られている。ダイナミック・タワーは各フロアがカンチレバーで持ち出されているので、それぞれのフロアが一種の翼となる。空力設計が甘いと、風が吹くたびに各フロアが波打つ危険性がある。

もう一つの心配は耐震性だ。ダイナミック・タワーがセンターコラムだけで強度を支えていることに不安を感じるのは僕だけだろうか。五重塔の大型版で、大地震にはかえって柔軟に対応できるの設計かもしれないが、かなり持ち出されている窓際が、地震の時にどんな挙動をするのか興味深い。もちろん実際に体験してみたいとは思わない。また平面図を見ると、センターコラムに開口部が多いのが強度的に気になる。開口部が多ければそれだけ強度が下がるわけで、各階同じ場所に開口部があるとすると強度的にかなり不利だ。まあ強度は設計次第なので、克服できない問題というわけではない。

他にも、給排水管の設計が大変そうだなーとか、エレベーター降りても自分の家の玄関が右か左か迷うだろうなあとか、風力タービンが出来たとして、保持するためのベアリングや遊星歯車の設計複雑になりそうだなあとか、発電機どこに置くのかとか、直径22メートルの精密ギアなんて切削したくないな、とか思うわけだ。これだけ大きいと、温度による寸法の変動を吸収するのが大変な気がするが、まあそれも技術的に解決できないわけでは無い。

多分より現実的な問題は、実際には自分のフロアの向きを完全に自由にできるようにはならなそうだという点かもしれない。給排水管の問題があるからだ。どんな技術を使ったとしても、各フロアが完全に自由に回転してしまっては、給排水管が引きちぎられてしまうか、センターコラムの強度に影響が出てしまうからだ。

メインのパイプスペースをセンターコラムに置いた場合、センターコラムに対して最大120度まで回転できるようにすれば、あらゆる形状が可能にはなる。しかし各フロアは120度しか回転できないし、建物全体も、変化の過程で連続的な動きをすることは出来ない。建物の価値が下がってしまいそうだ。それに対して、パイプスペースをフロア間を接続する形で持たせれば、フロア間の最大回転量を同じ120度に設定しても、各フロアはセンターコラムの回りを連続的に何周も回ることができるようになる。

ただしこの場合は別の問題が持ち上がる。1つはメインの配管自体が可動継手や可撓管が多用された長くのたくったものとなる。問題が起こりやすい上に起こった場合に全フロアに影響が出る可能性が高い。2つ目は自分のフロアの動きが、上下のフロアの状態の影響を受けるということだ。上下のフロアが、それぞれ別の方向に限界一杯まで回転していると、身動きが取れないか、どっちかのフロアを引きずって回転することになる。そのかわり協調して動けば、(低層階以外は)360度以上回転することも可能だ。いずれにせよ、居住者が謳い文句のような回転の自由を手に入れられるかは配管方法にかかっている。

というわけで、風力発電の騒音以外の問題は、解決できないとは言い切れないし、騒音も解決できるかもしれない。しかしこうした問題のために様々な技術が投入されると、コストが急上昇するはずだ。ざっと試算してみよう。14万6000平方メートルで7億ドルということは、建設コストは1平方メートルあたり5000ドル近い。世界の超高層ビルの建設費の中でも高いと言われる日本で1平方メートルあたり2600ドルから3500ドルなので、5割増しから2倍近いコストになっている。プレハブで安いと言っているが、動く建築を造ったにしては安い、ということに過ぎないようだ。無茶な計画とは言い切れないようだが、まあ大掛かりな詐欺にしても、この程度のチェックはするだろうから、謳い文句通りに形が自由に動くものが出来るという保証はできない。

完成したとしても、ドバイでもかなり高価な建築物になるのではないだろうか。念のため試算してみると、建設費に含まれていない内装や設備の費用は建設費の30%程度なので、高めに見積っても総コストは10億ドルになる。それに対して1フロアの価格は3600万ドル。オフィス部分などは半額で販売したとしても概算21億ドルの売上が見込めることになる。金利や宣伝費を除いても、ボロい儲けと言えそうだ。そもそもマンション部分の販売価格は平方メートルあたり3万ドル、つまり坪当たり1000万円で、もともとお金持ちだけが対象。コストやグリーン機能の効率を気にする人はいないのかもしれない。

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プロフィール

ワイアードビジョン取締役で米Wired.comの翻訳を担当しているガリレオCEOも務める。身近な技術から未来技術まで、広範な関心を持ち、ちょっとしたエンジンや電気製品なら自分で修理したがるので周りの人は困っている。