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合原亮一の「科学と技術の将来展望」

Wiredの記事を中心にウォッチしながら、科学・技術とその将来を考える。

「銀イオンで風呂の残り湯を除菌」について考える

2008年7月 8日

銀イオンの効果で風呂の残り湯の雑菌を除き、翌日の沸かし直しや洗濯用の水として残り湯を清潔に再利用できる除菌フロートが発売された。素晴らしいことだ。でも本当だろうか。早速疑問視する読者のコメントが寄せられているように、いくつか気になる点がある。開発された方には申し訳ないが、本製品を材料に、環境に良く持続可能な社会を作るために気をつけなければならないことを考察してみたい。

銀に殺菌作用があることは良く知られており、その意味でこの製品の効能は間違いないだろう。問題は銀が重金属であり、この製品が銀イオンを溶け出させることによって殺菌効果を発揮している点だ。溶け出した銀の行く末はどうなるだろうか。

通常風呂からの排水は他の雑排水やし尿などとともに合併浄化槽か下水処理場で微生物によって処理される。銀に殺菌作用があるということは、微生物による処理を妨害してしまうということだ。しかも困ったことに、処理後の微生物の集積である活性汚泥に取り込まれてしまうと、この活性汚泥を肥料などの用途に再利用できなくなってしまう。重金属が検出されるものを耕地に投入するわけにはいかないからだ。

銀の問題に目をつぶるとすれば、この製品に環境的なメリットがあるだろうか。この点が難しい。水の使用量が削減される環境メリットは2つある。1つは水を処理し輸送するために使われているエネルギーをはじめとする環境コストが軽減される点。もう1つは、水の使用量が増えて新たな水源を開発することによる環境コストを回避できる点だ。

水の使用が減ることによる環境インパクトの減少は、浄水場や水の輸送に使われるポンプなどのエネルギー、これらの施設を維持するための環境コストの減少がある。一方この製品の使用による環境インパクトの増加もある。製品製造に必要なエネルギー(材料製造にかかったエネルギーも含む)や、乾電池などの消耗品の製造コストと処理コスト、製品が壊れた後の処理コストなどだ。

さて、どちらが大きいかわかる人はいるだろうか。僕にはわからない。これが環境問題に常に付いて回る問題だ。この問題を解決するためには、ライフサイクル・インパクト・アナリシスと呼ばれる、あらゆる製品が生み出されてから役目を終えて処分されるまでの、全ての環境負荷を集計する仕組みが必要だ。環境問題は人類に、社会のあらゆる活動の入口から出口まで、全てを認識して判断する能力を要求しているのだ。一部の企業で取り組みはじめているようだが、今のところ日常生活での判断に役立つ情報はほとんどない。

というわけで、「よくわからない」という全く役に立たない結論になってしまった。分解されれば無害化される殺菌剤の方がまだ環境負荷が低いと考える人がいるかもしれないが、それだって水の節約より環境負荷が低いかの判断は困難だ。だが、実は環境問題の判断は難しくない。これまで言って来たことと矛盾すると思うかもしれないが、誰にでも出来る簡単な判断がある。それはあらゆるものの消費を可能な限り減らすことだ。

雑菌がいても気にせず古い湯を使えばいいのである。幸い日本は水が豊富だが、世界のほとんどの地域は水不足に苦しんでいる。世界の人口の半分以上の人は、「飲み水を風呂のために使うなんて、なんて非常識なんだ」と思うだろう。人類は何万年も、殺菌剤など無い環境で生きて来たのだ。自らの未来を塞いでまで、お湯の中のわずかな雑菌の心配をする必要は実は無いのだ。

最後に念のため。水自体は持続的に利用可能な物質であり、不足していなければ環境インパクトとして短期的に使用量を問題視する必要は無い。ただし本質的にはさらに複雑な検討が必要で、ここではその点には触れなかったことを付記しておく。

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プロフィール

ワイアードビジョン取締役で米Wired.comの翻訳を担当しているガリレオCEOも務める。身近な技術から未来技術まで、広範な関心を持ち、ちょっとしたエンジンや電気製品なら自分で修理したがるので周りの人は困っている。