このサイトは、2011年6月まで http://wiredvision.jp/ で公開されていたWIRED VISIONのコンテンツをアーカイブとして公開しているサイトです。

合原亮一の「科学と技術の将来展望」

Wiredの記事を中心にウォッチしながら、科学・技術とその将来を考える。

どんな機器も防水にできる技術って本当?

2008年7月26日

どんな機器も防水仕様に変えるコーティング(動画)」という記事がワイアードビジョンに掲載された。もちろん僕の最初の反応は「そんなこと出来るわけない」というもの。

だが紹介されている動画の内容は衝撃的なものだった。携帯電話やノートパソコンを水に浸けたり画面にじゃぶじゃぶ水をかけても動き続けている。ところが記事にはポリマー・コーティングであること以外詳しい説明が無い。そこでこの技術の背景と実現可能性を検討してみた。

最初に考えたのは、薄いポリマー(要するにビニールのようなもの)の膜で全体を包んだのではないかというもの。真空を使うとあるので、袋をかぶせて中の空気を抜けば、膜が密着する。要するに布団収納袋のガジェット版だ。継ぎ目をどうきれいに仕上げるかなどの課題はあるが、完全防水が達成できることは間違いない。だがこの方法の場合は折り畳めないとか、開口部が塞がれてジャックなどが挿せないとか、冷却空気が流れず熱暴走するなどの問題が発生する。

開発した企業のサイトをしらみつぶしに調べたところ、「真空蒸着」しているとある。ポリマーを真空蒸着? 出来るわけないだろ! という僕の20年前の知識は時代遅れだった。東京農工大学の臼井博明助教授の論文「物理蒸着法による高分子薄膜の作製とその応用」によると、最近は4つ以上の方法があるようだ。

ただ真空蒸着の場合は、開口部はそのままだ。そこから水が入ってしまう。だからガジェットをそのままコーティングしても防水にはならない。あくまで想像だが、ガジェットを分解して内部の回路や部品を取り出し、基盤などの内部構造全体にポリマー薄膜を形成するのではないかと思う。つまり、筐体内部に浸水してもあらゆる部品が薄膜で被覆されているので、水は内部の隙間に入るだけでガジェットの機能に影響を及ぼさないというわけだ。携帯やノートは折り畳めるし、冷却の問題も起こらない。

ただそれでもすぐ思いつく問題が3つある。1つはコネクタなどの接点が被覆されてしまうと絶縁されてしまい使用不能になる。だがこの問題は比較的解決が簡単だ。内部の接点の場合は接触した状態で皮膜が形成できれば問題ないし、外部の接点やスイッチなどの場合は、接点だけ皮膜を取り除けば良いからだ。ただし水に浸けた場合に皮膜の無い接点同士がショートする危険性は残り、この点は別に対策が必要だ。

2つ目は内部の部品が全て真空蒸着で被覆可能かという点だ。防水を実現するには全ての表面が被覆されている必要がある。基盤などの表面には金属、プラスチックなど様々な材料が使われている。全ての素子が表面実装とは限らないし、裏側に隙間がある素子もあるはずだ。そういった部分だけ別のシートなどで覆ってからそのシートごと蒸着で薄膜を形成することも出来るが、その部分の放熱性には影響がありそうだ。

3つめの問題は、機械的な駆動部分だ。例えばDVDドライブの動作部分やハードディスクの圧力調整口、内部のコネクタの隙間などだ。厚すぎる皮膜によって動作不良を起こしても困るし、浸水して問題が起こっても困る。だが、多くの問題は蒸着技術の改善で解決し、残った問題も回避できるものが多そうだ。

もちろん、接点の問題は完全には解決しない。例えばバッテリーの接点は被覆するわけにはいかないので、水没した場合バッテリーがショートする危険性は高い。それ以外の外部コネクタも同様だ。こうした場所は製品設計時に解決するのが一番だろう。もしバッテリーの交換やコネクタの利用をあきらめるのなら(接続したいコネクタは接続した状態で蒸着するという逃げ道もある)、今すぐにでも利用できそうだ。というわけで驚いたことに、調査結果は充分実現性がある、という結論だった。


フィードを登録する

前の記事

次の記事

合原亮一の「科学と技術の将来展望」

プロフィール

ワイアードビジョン取締役で米Wired.comの翻訳を担当しているガリレオCEOも務める。身近な技術から未来技術まで、広範な関心を持ち、ちょっとしたエンジンや電気製品なら自分で修理したがるので周りの人は困っている。