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合原亮一の「科学と技術の将来展望」

Wiredの記事を中心にウォッチしながら、科学・技術とその将来を考える。

iPadは情報の流れを変えることが出来るか

2010年6月 4日

iPadを購入した。動機は、タッチパッドと総称すればいいのだろうか、iPadに代表される、片手でも持てるフォームファクターにタッチスクリーンを備えたデバイスが、情報の流れを変える可能性があるのではないか、と直感したからだ。iPadというデバイス自体についての印象は、次回別にまとめようと思う。

まず自分でiPadを使ってみて、と思ったものの、困ったことに多忙で設定している暇すらない。元々ノートパソコンを常に持ち歩いているヘビーユーザーなので、iPadでしか出来ないことがない。ついパソコンを開いてしまうので、なかなかiPadの使用時間が伸びない。それでもとりあえず1週間持って歩いてみた。

iPad in Case

ところが、自分で使わなくても、人に見せると、すぐにiPadが話題の中心になる。付き合っているのはIT業界の人が多いので、関心も持っているし、相手もiPadを持っていたりして、たった1週間の間に情報交換する機会が結構あった。つまり、自分が使う時間がなくても、持って歩いているだけでリサーチが出来てしまう面白いデバイスがiPadなのだ。

発売初日、iPadをを受け取ってそのまま出張し、取引先の人に見せた。相手は新聞社の人。みんなすぐに手に取って遊んでみる。移動する電車の中だけでは通信機能がうまく設定できなかったが、それでも使ってみるだけで面白いようだ。

見せる前は、「個人的にはiPadには関心はありません」と言っていた人がいたのだが、僕のiPadを見せた途端に態度が変わった。iPadのケースが気に入ったと言うのだ。「iPadって、仕事の道具に見えないじゃないですか。でもこのケースに入っていると、仕事の道具って感じですよね」

ケースが良くできていて、角度を付けてくれるので、バーチャルキーボードでタイプしやすくなるのも気に入ったようだ。確かにこの形なら、文章を書くための端末として使えそうに思える。今にもその場で注文しそうな勢いだった。その話を同僚にしたら、「それがアップルのうまいところだよね。いろんな演出を考えてる」と言う。なるほどそういうものか。

iPad stand form

家に帰って家族に見せる。iPadは勝手に家の無線LANを拾って、ネットに接続していた。パートナーがすぐに夢中になった。地図を見ているようだ。わが家には80歳前後の高齢者が3人同居しているのだが、みんな興味深そうに覗き込んで、実際に触ったりしている。最初から、地図や写真といった直感的なアプリがいくつか入っているので、パソコンに触れたことが無い人にもなじみやすいようだ。ネットに接続して威力を発揮するデバイスだということを痛感する。

老人たちにとっては、キーボードが無いことが、明らかに敷居を下げていた。もちろんそれだけではないだろう。わが家の老人達が、PDAや携帯電話に関心を示したことはないからだ。画面がそれなりに大きくてきれいなこと、簡単に魔法のように色々な機能が使える、という前提があって、さらに難しそうに見えない、という条件をクリアしたということだろう。

小さい子供がいる知人に家族のiPadへの反応を聞いてみた。子供でも簡単に使えるけど、地図は不評だったそうだ。地図の文字が読めないことが子供に取ってはフラストレーションになるようだ。老人との対照が面白い。フォトフレームとしてもiPadは良くできているそうで、子供達は主に写真を見ているとのことだった。

東京に出張して、コーヒーショップに座っていると、2つ先のテーブルに座っていた外国人が突然声を掛けてきた。テーブルの上に置いていたiPadに気づいたとのこと。ケースに入れて閉じたままだったのだが、めざとく見つけたようだ。電子ブックの研究をしていて、これからドコモとミーティングする、という彼と少し話をした。幸い片言より少しましな日本語がしゃべれる。僕の英語もその程度なので、日本語と英語チャンポンで会話する。

「私もiPadを持っていますよ。それにほら」とポーチを開いて、キンドルも持っていることを見せてくれた。「日本のメディアを見ていると、iPadを電子ブックリーダーとしかとらえていないようだが、本当にそう思うか?」というのが彼の質問の中心だった。

僕は「このデバイスなら、老人でも使えそうですよね。ネットワーク端末の普及を広げる道具になると思いますよ。フォトフレームとしても優秀だし」と答えた。

「そうなんですよ。アメリカはじめ諸外国では、iPadはエンターテイメント端末と捉えられています。それが日本のメディアは電子ブックの話一色なので、本当にみんながそう思っているのかと思って」と彼。

「週末ずっとiPadで、いろいろな電子ブックを読んでいたら、目が痛くなってしまいました。キンドルではそんなことはありません。でも電子ブックに使わない、ということではなくて、もうすぐ母の誕生日なので、何かコンテンツを贈ろうと考えているんです」と続けた。「画面がきれいなので、適したコンテンには良いと思います」と言う。

外国の高齢者も使いこなしているようだ。「子供や孫の写真を見るには良いデバイスだと思いますよ」と僕。「そうなんですよ。本当にそう思います」「本当は直接話せる機能があると良いんですが、そういう使い方にはカメラが付いていないのが残念ですね」「次のモデルには必ずカメラが付くと思っています」との意見だった。

僕も電子ブック端末は使い方のごく一部になるだろうと思っていた。初日はまだ日本語の電子ブックが使える状態ではなかったが、翌朝パートナーが「iPadで夜更かししてしまって、眠い」と言っていたように、電子ブック以外の機能だけでも充分楽しい道具なのだ。iPhoneよりも、幅広い年齢層に支持されそうなので、次々に新しい使い方が生み出されて行くことだろう。

iPadはこの流れの最初の製品に過ぎない。他のメーカーも、次々にタッチパッドを投入してくるだろう。キャリア間の競争も始まるだろう。携帯とも、PCともユーザー層が違う、新しいマーケットが生み出されて行くのは間違いないと思う。その結果、人々が情報に接する新しいルートが開けるかもしれない。そういう意味では、アップルは本当に先見の明がある、すごい会社だと思う。ただ、今後の市場の展開が、アップル中心で進むかはまだ分からない。当分この分野から目が離せないことになりそうだ。

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プロフィール

ワイアードビジョン取締役で米Wired.comの翻訳を担当しているガリレオCEOも務める。身近な技術から未来技術まで、広範な関心を持ち、ちょっとしたエンジンや電気製品なら自分で修理したがるので周りの人は困っている。