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合原亮一の「科学と技術の将来展望」

Wiredの記事を中心にウォッチしながら、科学・技術とその将来を考える。

文明が崩壊した未来に最適な車は実は・・・

2008年7月 7日

ワイアードビジョンの文明崩壊後を生き抜くための「実用車」8種:画像ギャラリーでは、米国の読者が選んだ「実用車」8車種を紹介している。気軽な投票の結果なのだから、口を挟む必要は無いのだが、何でもついまじめに考えてしまう性格なので、ちょっと補足したくなってしまった。2000年問題の時、ドラム缶で燃料を備蓄したのは私です。

『ATF Dingo』「Stryker」のような装甲車を選択したくなる人の気持ちもわからないではないが、戦闘を前提にした場合は個々の車の能力よりも集団の戦闘力が問題になる。正面戦力も重要だが、補給が続かなければ身動きが取れなくなって自滅してしまう。こんな大食らいの車を維持できるほど燃料が行き渡るだけの文明が維持できているのなら、逆に毎日こんな車に乗る必要は無い。

少人数の移動手段や、実用車としての使い勝手を考えると、選択は別のところにあるだろう。その意味では、ランクルジープに投票した人たちの考えは理解できる。ただ念のために言っておくと、この写真を見てランクルが泳げるとか、川の中を走れると思うのは大きな間違いだ。

比較的浅くて幅の狭い川を直角に渡河するだけなら、ドライビングテクニックさえあれば高速で突っ切ることで水を押しのけてエンジンルームへの浸水を最小限に抑え、渡り切ることも可能だ。しかしこの例のように水の中を自由に移動しようと思えば、吸排気系を高いところまで引き延ばしたり、電装系の防水処理が必要だ。正直なところランクルの写真は車が押し流されてしまっているように見える。

だがまあ、そういった装備が必要な場所はそう多くはないだろう。「文明崩壊」を前提にする場合、そんなことより燃料の確保とメンテナンスが何よりも重要になる。そうすると、燃費がいいこと、壊れにくいこと、部品の調達が簡単なことが重要だ。沢山製造された車種ならそこら中に中古パーツがあるわけで、ビートルを選択するのはその意味で正解だろう。

だが、本当にビートルで良いのだろうか。道路網が維持されていればよいが、多少改造したぐらいでは、ビートルの荒地走破性はそれほど高くない。それ以上に気になるのがエンジンだ。ガソリンは軽油に比べて保存性が悪い上に、ガソリンエンジンはディーゼルエンジンよりはるかに複雑だ。つまり壊れやすい。ここはディーゼルエンジンの四輪駆動車をチョイスすべきだろう。

さて、ディーゼルの四駆となると、ランクルやジープに加えてウニモグも対象になる。ウニモグの踏破性は非常に高く、45度の坂や1.2メートルの水深も平気だ。ちなみに踏破性はエンジンパワーだけでなく、前後のオーバーハングや車輪径で決まる。乗り越えられる障害物は前輪ハブ中心の高さが限界だし、障害物がそれより低くても、タイヤより先にバンパーなどのオーバーハングが当たってしまえば乗り越えることは出来ない。

問題は、この大きなウニモグで毎日走り回るだけの燃料と交換部品が確保できるかだ。燃費を考えると、ジムニーのような軽量の四駆が一番だが、ジープタイプの欠点は作業にあまり役に立たないことだ。その意味では四駆の軽トラがさらに良いわけだが、「文明崩壊」後の荒地を移動するには不安が残る。そう考えると、燃費やメンテナンスさえ問題なければ、万能作業車であるウニモグは実に魅力的だ。クレーンから除雪機まで多様なアタッチメントが用意されており、エンジンの出力を取り出して機器を駆動するためのPTOや油圧システム、3点リンクまで用意されている。

3点リンクというのは、車の後ろに様々な作業機を取り付けるための標準化されたシステムだ。ん? 3点リンク? PTO? 油圧システム? それが全部付いていて、ディーゼルエンジンで、四輪駆動で、メンテナンスが楽で、パーツの供給もあまり心配ない車がうちにあるじゃないか。ということは、文明崩壊後を生き抜くための「実用車」って、ひょっとして・・・。

本当に突然思いついたのだが、実は「車」とは言いにくい。でも上の条件をかなり満たしている。そして本当に「実用車」だ。その「車」の名前は「トラクター」だ。

トラクターなら、普段は農耕に利用でき、3点リンクを備えるのでアタッチメントを交換することで除雪や荷物の積み込みも出来る。運搬車を牽引すれば、沢山の荷物や人を運ぶことも出来る。最近は四駆が当たり前だし、田んぼで埋まらないぐらいなので川や沼でも走れる。急坂も上れる。毎年無茶な坂を登ってしまって横転してしまう事故が起こるぐらいだ。エンジンはディーゼルで、耐久性は折紙付だ。写真はわが家で昨年まで使っていたトラクターだ。農協の人は「50年は前の車じゃないか」と言っていた。

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最近のトラクターにはキャビンがあってクーラー付きのものもあるらしい。ただ車と言えるかと考えると、サスペンションが無く完全リジッドだったりするので、高速走行どころか時速40キロも不可能だ。だが、悪路ではサスペンションがある方が走破性が下がることも多い。文明が崩壊した未来なら、出来るだけエネルギーを節約したいはず。作業や荷物の運搬に速度は必要ないだろう。

人間が移動するためにどうしても速度が必要なこともあるかもしれない。しかしそのために巨大なウニモグを動かして大量の燃料を消費する余裕があるだろうか。それより軽量のオフロードバイクを用意する方がずっと有利だ。そう考えると、自分でも予想外の結論ではあるが、「文明崩壊後を生き抜くための車はトラクターだ」という考えも、あながち間違っていないのではないだろうか。

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プロフィール

ワイアードビジョン取締役で米Wired.comの翻訳を担当しているガリレオCEOも務める。身近な技術から未来技術まで、広範な関心を持ち、ちょっとしたエンジンや電気製品なら自分で修理したがるので周りの人は困っている。