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藤元健太郎の「フロントライン・ビズ」

コンサルタントとしての豊富な経験をもとに、ITビジネスの最先端の動向を、根本から捉え直す。

第8回 動き始めた新聞のビジネス再構築

2007年10月 5日

生活者のあらゆる行動情報がデジタルデータとしてインタラクティブに取得できる中で、最適な行動情報と広告などをマッチングさせようとするマーケティングが進んでいる。しかし、逆にこれまで生活者が情報に接触する機会が限定されていたからこそ支配的な力を有していたマスメディアの弱体化も同時並行で進んでいる。まずはこのところ話題になっている新聞を考察してみたい。


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■実は読まなくなっているのは40代

新聞を読むという行動が減少している。若い人はすでに10年前から新聞離れは顕著であったが国民生活時間調査によると1995年と2005年で比較すると男性の30代と40代はおよそ25%程度も購読率が減少しており、新聞をもっとも読んでいそうでそれこそ若者に「新聞くらい読め!」などと言っているかと思われそうな社会の中核バリバリの層がこの10年で実に1/4もの人が新聞を読まなくなっているのである。60代以上はさすがに70%以上(女性は50代、60代が60%以上)を維持しているが、20代は男性で21%、女性で16%であり、もはや新聞は高齢者のためのメディアになりつつあると言っても過言ではないだろう。

実際私の知り合いによると某ラジオ局の報道に配属された今年の新人は、新聞を読んでいなかったらしい。ジャーナリストを目指す若者でさえ読んでいないという事実にはやや衝撃も受けるが、新聞を読むという行動の習慣を持たない現在の20代がそのまま30代になることを想像すると、新聞は国民の3割程度の人のためのミドルメディアになっていくだろう。そのため発行部数そのものはそれほど大きく減少はしていないものの、広告費の落ち込みも大きく1990年からは26.5%も広告費は落ち込んでいる。

■3社提携の本当の意味は

こうした状況の中で、朝日と日経と読売の業務提携が発表された。新聞業界もいよいよ構造変化に向けて動き出したと大きな話題になっている。発表では共同インターネットサイトの立ち上げによるネット戦略強化という言い方をしているが、ヤフーへの記事配信もそのままで、自社のサイトもそのまま継続するということなので、この新しいポータルサイトを立ち上げてもどれだけ購読されるかどうかは微妙である。よほど記事がこれまでにないものになるか、過去の3社の全ての記事データベースが検索できたりすれば、利用は増えるかも知れないが、それも難しいと思われる中ではビジネス的にも大きな収入源になりうるのかは筆者には疑問である。

それよりも本質的なのは販売店の提携ではないだろうか。全国津々浦々に毎日確実に届けるという現在の宅配の仕組みは購読率の低下、人材難などで相当厳しい状況を迎えつつある。しかも販売店は新聞社からは資本的にも独立した存在であるため、新聞社側もなかなか手を打ちにくい状況にあった。しかし各社がそれぞれ持っている販売店網を再編成し、統合していくという流れは避けられないと考えられ、今回の提携はいよいよその最初の動きなのではないかと言えるだろう。提携に参加している日経新聞は販売網を他の新聞社の販売店に委託している割合が多く、こうした流れに乗りやすいことも日経が入っていることの意味なのかも知れない。

■新聞社が目指すべきビジネスモデルは?

新聞はこれまで「新聞を読む」という社会人として誰もが当たり前に行うと考えられていた行動を握っていることに価値があったわけであるが、その価値が低下しようとしている中で、新しい価値をどのように創造するかがポイントになる。現在の新聞社が持っている価値を分解して整理してみると

  1. 信頼性の高い記事を作成・編集できる(記者クラブの参加権がある)
  2. 人脈を持ち、記事を書くことができる記者を束ね、育成できる
  3. 過去の記事データベースを有している
  4. 記事にしてもらいたい人達とのネットワークがある
  5. 広告販売の仕組みがある
  6. 毎日戸別配送する仕組みを間接的に持っている(折り込み広告も一緒に)

この価値の中で現在のネット対応は1)と2)の価値を利用し、新しいデジタルの各種サービスやデバイスに記事を配信していくというモデルである。ちなみに産経新聞のizaのように記者を束ねている力を活用し、記者にブログを書かせて、読者と双方向のコミュニケーションをとるというアプローチも、記者という価値を活かす一つの方向性である。

3)もそれだけで価値があるが、すでに日経新聞のように有料データベースとして高い収益を生み出している例もあり、これが逆にネット上でオープンにしにくい状況にもなっている難しいところでもある。

4)は記事を出したい人の立場に立つと、これまで新聞社と太いパイプを築いてきたおかげで自社の発表のプレスリリースが一面に載せることができ、効率的に多くの人に情報を届ける手段を有していたような広報部の人などには、新聞のメディアの力が低下していくことはあまり望ましくない状況でもある。

今後、新聞がひとつの方向性として地域や属性も含め特定セグメント向けのミドルなメディアになっていくとしたら、購読者の把握は重要であり、現在のように誰が読んでいるのか、誰と契約しているのかすらわからない状況は一刻も早く改善していく必要がある。逆にそれを把握できることで、記事にしたい人達などには新しい価値を提供できることになる。

6)の戸別宅配は厳しい環境であると同時にチャンスも多く存在する。現在折り込み広告の市場は4800億円程度あり、新聞の広告売上の半分程度の規模である。折り込み広告は主婦を中心とした人々には重要な地域情報源であり、「折り込みチェックする」という行動はまだまだ強い価値を持つと考えられる。さらに折り込み広告の紙にQRコードをのせるなど携帯電話と連動する例も増えてきており、デジタルとの融合も進みやすい。タイムリーに販売店で印刷でき、属性と行動別などユーザー別に微妙に折り込みの内容を変えて世帯に配送できるのであれば、さらに価値は向上するだろう。配送も新聞以外のものも同時に配送することもできるかも知れない。このあたりは家庭のロジスティックを誰が握るかにも関係していくことになるだろう。

このように新聞はコンテンツ(記事)の力、届ける力という現在の力をより活用し、現在有していない顧客を把握するという力を身に付けることで、「新聞を読む」という行動ではなく、これから生まれるものも含めた新しい行動に対して、いかに適切な対応ができるかが方向性の鍵になるだろう。

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プロフィール

D4DR株式会社代表取締役社長。コンサルタント。野村総合研究所で多くの企業のネットビジネス参入の支援コンサルティングを実施。マルチメディアグランプリ、オンラインショッピング大賞などの審査員。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会委員。青山学院大学大学院エグゼクティブ MBA 非常勤講師。