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藤倉良の「冷静に考える環境問題」

わかること、わからないこと、できること、できないこと・・環境問題を冷静に考えてみる。

10日前のシュークリームを食べた──「賞味期限病」について

2008年1月11日

(これまでの藤倉良の「冷静に考える環境問題」はこちら

 シュークリーム5個を買って事務室に持っていった。夜に近かったので、部屋に残っていたのは教職員2人だけだった。私と一緒に3人で1個ずつ食べた。残りは誰かが翌日にでも食べるだろうと思って、冷蔵庫に入れて帰った。 
 10日後、冷蔵庫に残りの2個がそのまま残っていた。見た目にはなんともなかったし、捨てるのももったいないから1個食べた。皮が乾燥してパサパサしていたが、味は変わっていなかった。それを見ていた職員はなんとも複雑な顔をしていた。さらに2日後、最後の1個も食べてしまった。おなかの具合はなんともない。
 この話をゼミの学生にしたらドン引きされてしまった。二言目には「金がない」と騒いでいる学生たちが、10日前のシュークリームなんて賞味期限切れだから、100円もらっても食べないと言う。千円ならどうだというと、迷っていたが。

 消費期限とか賞味期限は、どういう意味なのか。厚生労働省のホームページに詳しく解説されている。食品衛生法とJAS法によって2003年に次のように定められている。

消費期限:定められた方法により保存した場合において、腐敗、変敗その他の品質の劣化に伴い安全性を欠くこととなるおそれがないと認められる期限を示す年月日をいう。
賞味期限:定められた方法により保存した場合において、期待されるすべての品質の保持が十分に可能であると認められる期限を示す年月日をいう。ただし、当該期限を超えた場合であっても、これらの品質が保持されていることがあるものとする。

 消費期限は、弁当、サンドイッチ、生菓子など、5日くらいするといたんでしまうような食品につけられる。賞味期限は、スナック菓子、カップラーメン、缶詰などのように、長持ちする食品につけられる。
 シュークリームは生菓子だから、私が買ったものにも購入当日か翌日までくらいまでの消費期限がつけられていたはずだ。買ってから10日目というのはどう考えても消費期限切れであり、「安全性を欠くこととなるおそれ」がある。だから、そんなものを食べてお腹をこわしたからといって、菓子屋に文句を言ってはいけない。自己責任だ。

 私は、賞味期限とか消費期限にこだわっていない。というか、こだわれない。期限切れ食品を片端から捨ててしまうことなどもったいなくて、なかなかできない。いつから冷蔵庫にあったのかわからないような煮豆、佃煮、漬物などなど。においや味に問題がなさそうなら食べてしまう。そういうオジさん、オバさんは多いのではないか。
 若い人たちは、賞味期限切れの食品は迷わず捨ててしまうのだろうか。袋入りの福神漬けをタッパーに詰め替えたら、賞味期限の日付をタッパーにマジックで書き写すのだろうか? カレーを作っても、福神漬けの賞味期限が1日でも過ぎていたら、福神漬けはなしになるのか?

 期限切れの食品を、期限切れとして販売することは違法か。先ほどの厚生労働省のホームページには、次のようにも述べられている。

「消費期限については、この期限を過ぎた食品については飲食に供することを避けるべき性格のものであり、これを販売することは厳に慎むべきものです。」
「賞味期限については、期限を過ぎたからといって直ちに食品衛生上問題が生じるものではありませんが、期限内に消費されるよう販売することが望まれます。」

 いたみやすい食品の消費期限切れの販売は「厳に慎むべき」ではあるが、賞味期限切れ食品を、正直に賞味期限切れとして販売しても直ちに犯罪になるわけではないようだ。 
 
 2007年の新語・流行語大賞のベストテンに「食品偽装」が選ばれた。食品メーカーが消費期限、賞味期限や産地を偽装したことが話題になった。記者会見で頭を下げる経営者が毎週のようにテレビに映し出された。
 期限をごまかす「食品偽装」は、やってよいことではない。食品衛生法だけでなく、刑法(詐欺罪)や不正競争防止法、景品表示法などに違反する可能性がある。しかし、メディアのトップを独占し、テレビで特別番組が組まれ、流行語になるほど大変なことなのだろうか。消費期限切れを報道するために、わざわざ「偽装」した番組を流し、後でひんしゅくを買ったテレビ局まで現れた。
 2002年に雪印食品が解散に追い込まれたときは、食中毒の患者が出たからニュースになった。けれども、2007年の「食品偽装」で食中毒患者が出たという話は聞かない。内部告発されなければ発覚しない「事件」ばかりだ。
 マスメディアは「食の安全」が脅かされているという。本当にそうならば、食中毒の件数も増えているはずだ。

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 図は、厚生労働省の「食中毒統計」をグラフにしたものである。過去半世紀間、食中毒患者数に変動はあっても、全体的には大きな変化はない。死亡者は1955年に554名を数えたのをピークに、1980年代中頃までに急減し、最近ではおおむね10名以下で推移している。医療体制の進歩の成果だろう。
 ちなみに、2007年の10月12日までの速報値では患者数は14804人であり、例年より少なくなりそうだ。死者は3人。フグ毒にあたった人が2人、毒キノコを食べた人が1人である。原因は賞味期限切れでも、食品添加物でもない。自然毒だ。
 消費期限や賞味期限、それから賞味期限の前身であった品質保持期限などがいつ頃からあったのか知らないが、20年前にそのようなものにこだわる人はいなかったような気がする。でも、食中毒患者数は今と変わりない。
 中国で死者が出たと言われる農薬が混入していたインスタント食品みたいなものは論外としても、日本で販売されているまっとうな食品の安全性が昔より低くなって、「食の安全」が脅かされ、私たちの命や健康が危険にさらされているとは思えない。
 日本の「食」を考えるときに考えなければいけないのは、質より量の方なのだが、こちらには関心が集まらない。本当の「食の安全」を脅かしているのは「消費者の『賞味期限病』」(注1なのだ。

注1)『ウエッジ』2008年1月号

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プロフィール

1955年生まれ。法政大学人間環境学部教授。専門は環境国際協力。著書に『環境問題の杞憂』,訳書に『生物多様性の意味』などがある。