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藤倉良の「冷静に考える環境問題」

わかること、わからないこと、できること、できないこと・・環境問題を冷静に考えてみる。

科学が白黒つけられないことはたくさんある(その2)

2007年12月28日

■正しいか,正しくないか

 「人間活動によって排出された二酸化炭素によって地球が温暖化している」
この人為的温暖化説が正しいか、正しくないか。IPCCは、90%の確からしさで正しいと結論した。そうでない可能性も10%は残されているということだが、科学者の大多数は正しいと考えている。

 科学的に正しい正しくないはどう決まるのか。その分野の専門家や研究者で構成する学会が正しいと認めたことが、「科学的に正しい」のである。

 学会が正しいと認める最初の一歩は、学会が学術誌に論文として掲載することだ。論文が出ても、後でそうでないことを示す反証が見つかり、やはり正しくなかったとなることもある。いずれにしても論文が出なければ話は始まらない。論文にならなければ「仮説」の域を出ない。

 論文は、研究者であれば誰でも原稿を学術誌に投稿できる。ただし、それが論文として掲載されるとは限らない。

 投稿された原稿は、関連分野の専門家によって審査される。これを査読と言う。査読者は2名以上いることが普通である。査読者は原稿の内容が論文として学術誌に掲載するに値するかどうかを審査する。その査読結果をもとにして、編集者が論文としての掲載可否を判断する。投稿原稿がそのまま載る場合は少ない。査読者や編集者から著者に文章の書き直しが求められることが普通だ。そして、修正された原稿が十分と判断されるまで掲載されない。

 学術誌には「格」があり、権威ある学術誌ほど投稿原稿が掲載される確率は低い。権威ある学術誌に掲載されたということは、それが学術的に重要な意義ある発見であり、かつ十分な科学的根拠がある研究であることが認められた証拠である。

 自然科学であれば、『ネイチャー』や『サイエンス』は格の高い雑誌であり、ここに論文を掲載できた研究者は一流であると言えるだろう。

■懐疑論の学術論文はあるか

 その『サイエンス』に興味深い報告が2004年に寄せられた。
 著者のオレスケス氏は、重要かつ影響力の高い論文を幅広く収集していることで知られるISIデータベースを用いて調査を行った(注1)。1993年から2003年までに刊行された論文を、「気候変動(climate change)」のキーワードで検索したら928件がヒットした。

 このうち、75%は人為的温暖化説を支持していた。残り25%は方法論や古代の気象に関する論文であって、人為的温暖化説の可否とは無関係であった。この残り25%の論文の著者が、温暖化が人間活動とは無関係であると考えている可能性は否定できない。しかし、人為的温暖化説に反対した論文は1本もなかった。

 オレスケス氏はこう述べている。
「査読付き論文を書いている科学者は、IPCC、米国科学アカデミー(訳注:ブッシュ政権とは違って、アカデミーは温暖化に警告を発している)や、彼らの所属する学会の公式見解に同意していることを、この調査は示している。政治家、経済学者、ジャーナリスト、その他の人たちは、気候科学者たち(の意見)に対して混乱や反対や不一致の印象を持つかもしれない。しかし、その印象は正しくない。」
 
■懐疑論はなくならない

 権威ある学術誌に掲載された論文に温暖化懐疑説はない。温暖化懐疑説を主張する投稿原稿が、「偏見を持った」査読者や編集者によって、「掲載する価値なし」と棄却されてきたのではないかと言う人はいる。しかし、『サイエンス』の編集者は、そのような論文が投稿されてきたことはないと言う(注2)。

 世界の学術団体は合同で、人為的温暖化説を支持している。学術の世界では、ほぼ決着のついた話なのである。今でも温暖化懐疑論を主張する人たちはいる。それがいけないというのではない。ただし、数として圧倒的に少数であることは知っておくべきだ。

 ところが、書店に行くと、温暖化懐疑論を主張する本がたくさん並んでいる。ひょっとすると、人為的温暖化説に立つ本よりも多いかも知れない。懐疑論本は、気象データやコンピュータシミュレーションの信頼性、二酸化炭素による温暖化などさまざまな点に疑問を投げかけている。これらに対しては、東北大学の明日香先生を中心とするグループが50ページにわたる詳細な 反論を展開している。

 今月も『暴走する「地球温暖化論」論』という本が文藝春秋社から出版された。7人の研究者や評論家が過去にオピニオン雑誌などに掲載したエッセイをまとめたもので、副題も「洗脳・煽動・歪曲の数々」と刺激的だ。内容自体はすべて明日香先生たちのペーパーで反論されているものばかりで目新しいものはない。

 この本の最後に、編集部作成の「環境問題を真摯に、かつ楽観的に考えるためのブックガイド」がある。ここに、拙著『環境問題の杞憂』がとりあげられている。「温暖化論をはじめとする環境悪化とされるさまざまな問題点は根拠なき杞憂の面もあるのではないかと指摘している」と紹介されている。

 紹介されたのは名誉なことだが、拙著は人為的温暖化説に立っている。主張したかったのは、日本が優先的に取り組まなければならない環境問題は、地球規模では地球温暖化対策、国内ではゴミ対策であるということだ。この2つに比較すれば、その他の環境問題の長期的リスクは小さく、日本政府も他の先進国に負けない対策をしているから過剰な心配は無用と言いたかった。けれども、文藝春秋の編集部の方には、そうはとって頂けなかったようだ。

注1)Oreskes, N. (2004) "The Scientific Consensus on Climate Change", Science, Vol. 306, p1686
注2) Chris Moony, "The Republican War on Science," Basic Books, New York, 2005

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プロフィール

1955年生まれ。法政大学人間環境学部教授。専門は環境国際協力。著書に『環境問題の杞憂』,訳書に『生物多様性の意味』などがある。