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藤倉良の「冷静に考える環境問題」

わかること、わからないこと、できること、できないこと・・環境問題を冷静に考えてみる。

中国のIT、高速道路とゴミ、下水

2008年3月21日

(これまでの藤倉良の「冷静に考える環境問題」はこちら

■IT
 3月上旬に中国大陸の真ん中、湖南省に行った。
「耕して天に至る。以って貧なるを知るべし」
 土地がないから段々畑を作り、急斜面に張り付くようにして耕作せざるを得ない農民の貧しさを嘆いた言葉だそうだが、そのとおりの景観が続いている。

 調査したのは、その中でも特に貧しい農村である。農民20人に村役場に集まって頂いて、アンケート調査をさせて頂いた。

 1時間くらいだったが、その間に携帯電話の呼び出し音がフル・ボリュームでけたたましく何度も鳴り響いた。少なくとも3人は持っている。料金は多い月で100元(1元は約16円)くらいとのこと。

 この村の農民一人当たりの平均年収は1,068元。この金額は、農民の総収入を幼児も含んだ農民人口で割った数字である。3人世帯が平均としても、世帯あたり年3,204元にしかならない。ただし、村内の経済格差は大きく、魚の養殖で年に20万元稼ぐ人もいる。だから、携帯電話料金が村人にとってどのくらいの負担になるか簡単には言えないが、農村部までかなり普及していることは確かだ。
日本であれば「圏外」の表示が出てもおかしくない山奥なのに、アンテナがしっかり3本立つ。畑の中で通話している農民の姿も見た。国土面積は日本の25倍あるが、チベットなどを除けばほぼ全国で通話可能だという。

 また、人々は衛星放送を見ている。今回会ったすべての世帯にカラーテレビがある。50チャンネル以上受信可能だそうだ。楽しみは何かと伺うと、異口同音に「テレビ」という答えが返ってくる。

 インターネットの整備も進んでいる。私たちの宿泊先は、発電所の宿泊施設であったが、ブロードバンドが無料でサクサク使えた。中国では、外国人が宿泊するホテル、役所の研修施設、大学のゲストハウスなどでは、どこでもブロードバンドが利用可能で、たいがい無料だ。

 日本では「国際会議場」付きの高級ホテルのなかにも、ブロードバンドが全く利用できないところがまだある。ITでは中国の方が進んでいるのではないかと思う。

■高速道路

 湖南省の後は、江西省まで自動車で移動した。
 高速道路の発展も目覚しい。その是非は別として、日本と違って用地収容に時間がかからないから、どんどん路線が延びてゆく。半年前に買った道路地図にはない高速道路が延々と続く。

 中国には31の省、自治区、直轄市があるが、その下の行政単位として2千以上の県がある。そして、2015年までに全県に高速道路を通す計画があるという。200県ではなく2,000県である。全部が開通したら、道路地図はどうなるのか。

 マイカー運転も特別なことではなくなった。上海のエリート大学である復旦大学の大学院生3人に聞いたら、そのうち2人が自動車こそ持っていないが、運転免許は持っているという。

 私が子供の頃に耳にした「モータリゼーション」という言葉を思い出した。
 運転マナーは滅茶苦茶のアナーキー状態。自転車が信号に関係なしに交差点に突入してくる。タクシーが中央車線からいきなり右折(日本で言う左折)する。年間交通事故死亡者数は9万人(→朝日新聞)になる。日本の5,774人(2007年、警察庁)と比べるとなんとも多い。自動車保有台数が世界の1.9%なのに対して、交通事故死亡者数は世界の15%を占める

■ゴミと下水

 ITと高速道路が急発展する一方で、生活環境の改善が進まない。
 奥地の農村でも清流を見ることはない。都市を流れる河川は、どこも汚濁がひどい。下水道の整備が遅れて、生活排水が直接流されているからだろう。用水路の水は黒く濁り、無数のゴミが浮いている。川べりや空き地、道路わきにはゴミが散乱している。ゴミ捨て場とおぼしきところはゴミにあふれている。いつか誰かが回収に来るのだろうか。

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「湖南省鳳凰県の街角。観光客が集まる中心部はそれなりに清掃されているが、一歩、裏通りに入ると、分別収集されてきたらしいゴミが道の両側に野積みにされている。」

 ゴミにあふれた街角や黒く濁った川は、40年前の東京や20年前のソウルでも、当たり前の光景だった。経済発展とともに、下水道やゴミ処理制度が整備され、街や川は清潔になった。そのきっかけを作ったということでは、1964年の東京オリンピックと1988年のソウルオリンピックの意義は大きい。

 オリンピック前の東京では、外国からのお客様をお迎えするために大掃除が行われた。建設大臣が、隅田川を「オリンピックまでに臭くない川にしろ」と号令をかけた。汲み取り便所からし尿を吸い取るバキュームカーが走り回るのを外国人に見られるのは「恥ずかしい」ことだと考えられた。こうして、下水道の整備が急ピッチで進められ、1980年ごろまでには東京はきれいになった。続いてソウルもきれいになった。

 オリンピックを前にした北京でも、大掃除が進められている。日本の資金援助(円借款)を受けて下水道整備が急ピッチで進められ、市内の河川はかなりきれいになった。悪名高い公衆トイレも「国際水準」に近づきつつある。

 けれども、日韓と比べて中国はあまりに広い。沿海部と内陸部の経済格差は、これが同じ国かと思われるほど大きい。タクシーの初乗り運賃は上海では11元だが、湖南省では2元だ。

 北京や上海はきれいになるだろうが、内陸の都市が大掃除を始めるまでにはまだ時間がかかりそうだ。数ヶ月前に開通したばかりの高速道路でも、サービスエリアのトイレは新築とは思えないほど汚い。

 携帯電話や高速道路のネットワークをあっという間に全国に張り巡らすお金があるのなら、その一部を下水道やゴミ処理にまわせば、都市の生活環境はずっと良くなる。けれども、やはり経済効果が目に見えて現れる通信網や道路の整備が優先される。効果が見えにくい環境対策は後回し。日本も同じことをやってきたし、いまでもそういう面もあるから、あまり偉そうなことも言えないが、中国では内陸部都市の生活環境の悪さが際立って見える。

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プロフィール

1955年生まれ。法政大学人間環境学部教授。専門は環境国際協力。著書に『環境問題の杞憂』,訳書に『生物多様性の意味』などがある。