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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

ビジネスと人権についての新しい国際潮流とEUの次の一手

2010年2月 1日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

寒い日が続きますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。ジュネーブ、パリ二週連続出張と本年も日欧シャトル生活の幕が切って落とされました。順調に衰微しております。私生活では、水泳に続いて挑戦企画。ベースさん、ドラムス様とのトリオ演奏。小生、ブラッセル時代、ジャズ理論を北部オランダ語圏の先生に師事しておりました。とにもかくにも厳しかった。毎回アゴが上がって、フラフラと外に出たことを覚えています。ジャズは理論が頭に入っていないとなかなか演奏できない音楽ですが、もちろん、理論を知っていれば演奏できるというものでもありません。理性に導かれた所為とは申せません。以前の自分なら絶対やらなかった。血液型が変化した可能性は高いと考えます。

血液型と性格を結び付けるのは世界広しといえども日本人くらいらしいのですが、世界は広いということで、今月はビジネスと人権についての国際的検討の動向をとりあげます。「ラギー・フレームワーク」というものをお聞きになったことがありますでしょうか。国連の企業と人権に関する特別代表であるジョン・ラギー(John G. Ruggie)教授の提唱による「(人権の)保護、尊重、救済の政策フレームワーク(“protect, respect and remedy policy framework”)」です。国連人権理事会で承認されています。

実は国連人権理事会で認められたことは画期的なことなのです。国連における「ビジネスと人権」の議論の歴史は南北対立の歴史でもあります。例えば、UNCTAD(国連貿易開発会議)での応酬。途上国は「北の多国籍企業が貧しい人々を搾取している」とビジネスを厳しく監視するルールを主張していました。このような過去のイデオロジカルな対立を乗り越えて、「ビジネスと人権」について国連の加盟国が初めて、しかも全会一致で合意したものがラギー・フレームワークなのです。ちなみに、「OECD多国籍企業ガイドライン」は多国籍企業と人権の関係も一部カバーしていますが、先進国クラブであるOECDであったから合意可能だったのです。動きがとれない国連から自由度の高いOECDへと先進国側が戦術的フォーラムシフトをしたと見ることもできます。そのガイドラインも改訂時期を迎えています。ラギー・フレームワークの議論が影響を及ぼすことは必至でしょう。今後ビジネスと人権の関係について様々なフォーラムでルールメーキングの動きが活発化していくと私は見ています。

そして、ルールメーキングといえばEUです。流石に動きが早い。EUはすでにラギー・フレームワークを取り入れて自らのルールとすべく調査を開始しています。将来EUルールがこの分野でもグローバルスタンダードになるかもしれない。

今回は硬いです。

押忍!

気合いが入ったところで、まずラギー・フレームワークを概観します。
対象は企業関連の人権問題(corporate-related human rights abuse)に限定されています。人権問題全般を対象としているわけではありません。「保護」、「尊重」、「救済」の3本柱。保護は国家に、尊重は企業に、救済は双方に求められています。

まず、人権を「保護」する国家の責務“the state duty to protect”です。政府にお勤めでない方には直接関係しないのでごく簡単に。注目すべきは領土の外で自国企業が引き起こした問題に対する国家の責務への言及部分です。仮に日本の企業さんが日本の領土外で人権問題を引き起こした場合に日本政府の“duty to protect”は何かという問題ですね。

要約するとこう書いています。

「保護」の域外性の側面は国際法において未解決の問題である。国家は自国企業の海外での行動を規制する義務は負っていない。しかし、一般的に認められた法的基礎がある場合には、規制することが禁止されているわけでもない。
(資料)Business and human rights: Towards operationalizing the “protect, respect and remedy” framework UNITED NATIONS

とりあえず、ふむふむ、この問題は難しくて要すればはっきりしないということか、ということで次に行きます。

次が「尊重」“the corporate responsibility to respect”です。この部分はCSRと重なります。次のように言っています。

企業が人権を尊重していると語ることはよいが、そのような主張を裏付けるシステムを有している企業はほとんどない。必要なことは継続的なデューディリジェンスのプロセスを持つことである。つまり、人権への悪影響を認識し、防ぎ、軽減するシステムである。人権に関する方針を持ち、自社の活動の人権への影響を調査し、方針と調査結果を組織文化とマネジメントシステムに統合し、成果を追跡調査し公表することが求められる。
(資料)同上

環境ではこういうことをやっておられる企業さんもあるかとは思うのですが。。。

最後が「救済」“access to remedy”です。ここは法的に複雑な議論が展開されているので正確な理解のためには原文をお読みいただくのが良いと思います。司法救済、司法外救済、国家レベル、国際レベル、企業レベルと分析をした上で、国家のみならず企業にも救済メカニズムを持つことを求めています。

以上がラギー・フレームワークのおおまか〜な内容です。次に、EUの動き。

−2007年、早くも欧州議会はラギー教授のプロジェクトを認め、EU企業が域外で引き起こした人権問題の被害者が、EU域内の裁判所で救済を求められるメカニズムをつくることを求める決議。

−昨年4月には、欧州議会はラギー教授を招いたヒアリングを実施。欧州委員会に対しラギー・フレームワークへの対応を要求。

−昨年11月、欧州委員会は欧州議会の要請を受け、あるべき法的メカニズムについて調査の開始を発表。

つまりEUは、ラギー・フレームワークが未確定の問題として残した域外適用、とりわけ最も複雑な課題である域外への自国の司法救済の適用を制度としてつくりあげる準備を始めたことを意味します。

日本の国会が欧州議会のような動きをする可能性はあまり高くないように思われます。メディアも関心なさそうですので、本邦は世界の趨勢が決まったところで対応を考えるというお馴染みのパターンを踏襲するものと思われます。ただ、企業さんはそうもいっていられないかもしれない。日本の会社の欧州法人は大抵EU加盟国の商法に基づいて設立されたEUの会社です。EUの制度設計によりますが、欧州子会社を通じて他の海外現地法人にEUのルールが適用されることになる可能性を完全に否定することはできないと思います。

米国はどうでしょう。お詳しい方は、米国の石油会社ユノカル社がミャンマーでの強制労働など人権侵害の容疑で米国連邦裁判所で訴えられたDoe v. Unocal事件を想起されると思います。原告がユノカルを米国の外国人不法行為請求法(Alien Tort Claims Act)を根拠に訴えたケースです。米国外で起こった外国人に対する不法行為について、それが企業によるものであっても米国の連邦裁判所に管轄権を付与することと認めた判決は、当時画期的な判決として注目を集めました。そもそもこの法律は大変古い法律で、独立戦争後に軍人が海外で海賊行為に走ることを取り締まるためにつくられたらしいのですが、産業界をビックリ仰天させたこの判決で一躍時代の先端に躍り出たわけです。

こういう経緯で米国には、米国企業が米国の外で引き起こした人権問題の被害者を米国法で救済する判例が既にあります。EUと米国とのちがい、それは、EUは白地から制度を作り上げようとしている点、しかも27カ国共通の制度を作り上げようとしていることにあります。昔々の法律の判例を他国に横展開することに困難を伴います。しかし、新しくつくりあげられる制度、しかも複数国に適用可能な制度であれば移植可能性はその分高まります。将来EUのつくりあげるシステムがグローバルなスタンダードになるかもしれない所以です。

越境性を高める企業活動。他方、企業にその存在の法的根拠を与える国家の主権は地理的に限定されている。また、世界には自国国民の人権を守るだけの統治能力を有していない国家も多数存在する。これらの与件を乗り越えて、いかにグローバルに人権擁護を前進させられるか、我々にとっても知恵の絞りどころかもしれません。

以上です。お疲れ様でした〜。

─・─・─・─・─・─・─・─〈キリトリマセン〉─・─・─・─・─・─・─・─

≪2002年某日ブラッセルのアパートの一室≫
師「ド、♭レ、♯レ・・・♭シはCコンビネーションオブディミニッシュト・スケールである。しかるに、オルタード・スケールとの関係において云々カンヌン。わかりましたか。」

弟子 ・・・押忍!(さっぱりわかっていない)

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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