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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

アンチ・グローバリストはどこに消えた? 〜 平穏なWTO閣僚会議を考える

2008年8月 4日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

いつの間にか寝てしまったよう。機内のアナウンスで目が覚めると、もう飛行機は日本海海上でした。慌てて原稿を書きはじめました。

今回の2週間のジュネーブ出張は、読者各位ご賢察のとおり、WTOの閣僚会合でした。7年越しのドーハ・ラウンドを実質的に年内に妥結するためには今回、「モダリティ」と呼ばれる関税引き下げ方式に合意することが絶対条件と言われました。

でも、結局それはなりませんでした。すでに新聞やテレビで報道されており、ことの経緯は皆様よくご存知かもしれません。

閣僚会議というのは、閣僚プラス一人しか会議室に入れません。そこでは言葉による「戦争」が繰り広げられる。そのかわり機密は絶対に守られる。したがって、実際にどのようなやりとりをしているかは外からはうかがえません。「日本の存在感が薄い」といった報道が一部でなされたのもそのためかもしれません。もし、交わされた議論をレポーターの方がご存知なら随分ちがった報道内容になったと思うのですが。日本政府代表団の一員として残念に思いました。

さて、交渉の期間中に面白い新聞記事が2つあったのでご紹介します。ひとつは7月28日の朝日新聞のビル・エモットさんの「世界をよむ」というコラムです。一部を抜粋します。

貿易は政治経済で最も重要な側面だ。繁栄に加えて、現代の生活に深みと豊かさをもたらす選択と多様性を与えてくれる。また、戦争を企てるコストを引き上げることで、平和維持にも役立っている。

だが、貿易は政治経済で最も退屈なトピックである。原則は経済学者が考えたが、実際の仕事は法律家が引き受けたからだ。この組み合わせは最悪だ。反ダンピングのルールや、工業製品の関税の上限、「最恵国待遇」の原則などについて、話を聞きたい人などいない。

私のラウンドにおける役目は「ルール交渉」という交渉分野のネゴシエィターであります。要すれば、ビル・エモットさんが、正しくも、誰も話を聞きたくないアイテムの筆頭に上げた「反ダンピングのルール」が私の担当。反ダンピングについてのブログを開いても、獲得できるコアの読者数はせいぜい数十人でしょう。

もうひとつはファイナンシャル・タイムスの26日の電子版です。こちらも一部を抜粋します。

今週のWTO閣僚会議において、悲惨なシアトル閣僚会議のような過去の閣僚会議につきものだった催涙弾と暴徒は遠い記憶である。ビジネスの代表の一人は暗い顔をして述べた。「昔は少なくとも人々は(WTO閣僚会議に)関心を払っていた。」

言われてみれば確かに今回WTOの外はいたって平穏。人権NGOのオックスファムさんとかは多少のパフォーマンスをされたようですが、目立つものではありませんでした。あと、小生の関心を引いたのは、アメリカ政府が出した漁業補助金交渉(これも「ルール交渉」の一部)のポジションペーパーが露骨なまでにその筋のNGOさんとのコラボだったことくらいかなぁ。1999年のシアトルのWTO閣僚会議がNGOのデモで街中がメチャメチャになったのとは大違いです。

さて、この「平穏さ」については、いくつかの説明が可能です。

その1:北京で忙しかった

どのNGOも出張旅費には制限ありますし、北京もジュネーブもホテル高いですから、なかなか両方カバーするのは無理かもしれません。ま、メディアカバレッジの点では断然オリンピックですよね。ということでWTO対オリンピックはオリンピックの貫禄勝ち。

その2:WTOは難しすぎて面倒くさい

はい、これもあるかもしれませんね。今回議論された内容って、ホント技術的です。恥ずかしながら、私も自分の担当分野以外のところはよくわかりません。毎朝、大臣へのブリーフィング会議が行われるのですが、何とか係数が1上がるとA国はああなって、他方、B国にとっては××で、とか、これはもう並大抵の細かさではありません。ここまでくると「貿易政策一般」に関心があるという程度ではついて行けません。物品関税、農業補助金などそれぞれの個別分野の専門知識が必要です。NGOさんもいい加減嫌気がさしたのかも。

その3:貿易自由化への懐疑がもしかすると。。。

これは、ひょっとしたらそんなこともあるのかな、って程度の話なんですが。最近ね、BOP(ボトム・オブ・ピラミッド)ビジネスとかよく言われますよね。BOPビジネスって経済ピラミッドの底辺にいる一日2ドル未満で生活している40億人を顧客としてとらえて事業を展開することを推奨する考え方です。BOPのエッセンスは、過度の一般化を恐れずあえて一言で言い表しますと「利益動機が貧困を救う」とでもなるでしょうか。1980年代に主要先進国間で強い影響力をもった新自由主義経済思想が20有余年の歳月を経て開発の世界に再来したやの感があります。

アジアの例を持ち出すまでもなく、輸出志向型の直接投資の受け入れが途上国の経済の離陸に大きな意味を持つことには、もともとあまり異論はありませんでした。しかし、途上国の市場を目当てにした先進国企業の投資については「搾取」といったイメージがなかなか払拭されなかった。

そんな中で、BOPの議論は、先進国企業が途上国で地元の人を相手にビジネスすることも貧困軽減に貢献するんだ、と言った点が新しいわけです。

貿易自由化に対する懐疑が少し解けつつあるのかな。それが今回のWTO閣僚会議の平穏につながった、という可能性も、もしかするとあるのかもしれません。

いずれにせよ、WTOのラウンド交渉はこれで終わったわけではありません。また秋から動き出します。

最後に、ビル・エモットさんの言葉をもう一度。

もともとWTOは退屈だ。しかし私たちの繁栄は、そうした退屈で技術的な仕事を続けられるかどうかにかかっている。

ガムバリます。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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