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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

北海道洞爺湖サミットが語るCSRのグローバルな性格

2008年7月18日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

前回はNGOのキャンペーン広告を取り上げました。今回はサミットの肝である宣言文を見ることにします。

「我々は、ハイリゲンダムにおけるコミットメントを再確認し、すべての国の企業による関連する国際的な文書、基準、及び原則の自発的な遵守の奨励を含め、企業の社会的責任(CSR)を促進する。我々は、社会的に責任のある投資を行うための民間ビジネスの努力を認識し、賞賛する。我々は良いコーポレート・ガバナンスの実行を奨励する」

これがG8宣言文のうちCSRについて言及しているパラグラフです。CSRがサミット宣言文に登場することは、もはや特段目新しいことではありません。内容的にも読者各位一読されて、「ま、こんなとこかな」という感想かもしれません。

ただ、よく読むと、特に日本の会社にとっては傾聴すべきメッセージが入っていると思います。「すべての国の企業による関連する国際的な文書、基準、及び原則の自発的な遵守の奨励」という部分です。

CSRというコンセプトを前にして、ヨーロッパと日本の産業界は、ある対照的な行動をとりました。

ヨーロッパの産業界は「ヨーロッパ独自の基準や規範」をつくることに反対しました。彼らの主張はこうです。「世界には様々な基準や原則がすでに合意されている。ヨーロッパ独自の基準をつくることは屋上屋を架すに等しい」。そして、彼らはまず国連やILOやその他様々な国際機関が出している社会、人権、環境等に関する宣言や基準をストックテイクすることから検討を始めたのです。

これは個々の企業についても当てはまります。2003年のシーメンス社のCSR報告書は、ILOの「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」、OECDの「多国籍企業ガイドライン」等5つの国際的ガイドラインを挙げ、次のように述べています。

国際機関の合意文書や勧告が多く存在する。これらの文書は主に政府に向けられたものだが、多国籍企業とその従業員にとって重要な指針となる。シーメンス社はグローバルな事業をこれらのガイドラインと整合的に遂行することの重要性を強調する。
[出典:シーメンス社 Corporate Responsibility Report 2003]

他方、日本の産業界はまず過去を振り返りました。「近江商人の三方良し」や「人本主義経営」とか。次に「日本独自の規範」作りに着手します。日本経団連さんの取り組みはその典型でしょう。「日本には日本のCSR」と言われ、ある意味で「屋上屋」を架すことを是としたわけです。

もちろん、過去を振り返ることは素晴らしいことであります。地域的なガイドラインが悪いとも思いません。ただ、その上で同時代的でグローバルな視野の広がりを持つ必要があると思います。合意された国際的なガイドラインにはグローバルな諸問題への対応のエッセンスが凝縮されています。「三方良し」について熱弁を振るう一方で「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」なんて聞いたこともない、ということだとすれば、やや独善の趣があるのかもしれません。

最近では国連の「グローバル・コンパクト」等、企業が直接参加するスキームもあります。ただ、ワタシはここでそのようなスキームに参加すべきだと申し上げているわけではありません。むしろ、様々な文書やスキームが一体、どのような問題と要請に応えるために合意されたのか、それを考えるだけでもCSRを進めていく上で有益な様々なヒントが得られるのではないかと思うのです。

会社のCSR報告書の「品評会」のような催しも開催されています。国際的なガイドラインや規範をどこまで視界に入れているか、という視点でご覧になってもまた面白いかもしれません。

日本が議長を務めたG8サミットは「企業による関連する国際的な文書、基準、及び原則の自発的な遵守」を呼びかけました。果たして日本企業はどこまでこの要請に応えているでしょうか。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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