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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

グリーンピース鯨肉持ち出し事件を推理する

2008年7月 7日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら)

どの世界も大変です。世の中、楽な仕事はない、っていきなり達観しても仕方ないのですが。

NYで活躍する友人の金融マンはサブプライムで大わらわ。本店からの責任追及は凄まじいそうです。霞ヶ関も色々話題を提供。その手の話で忙殺されている同僚は少なくありません。ワタシの仕事である通商交渉は、抽象的でワイドショー的な関心の対象とはならないのがせめてもの救い。しかるに理念に燃える集団「NGO」の業界もまた例外ではありません。


■日本のCSR業界にはNGOの影が薄い

日本のCSR業界の大きな特徴は、「アドボカシィ」と言われる企業攻撃をするNGOさんの影が薄いことであります。ワタシはこの事態を残念なことだと思っているわけですが、久しぶりにメディアに本邦のNGOさんが大々的に登場。しかもワイドショー系の番組にまで。皆様既にご存じのグリーンピース・ジャパンさんによる鯨肉持ち出し事件。

小生、グリーンピース・ジャパンの事務所を訪問したことがあります。アサヒビールさんへのキャンペーンに興味を持ちまして。ビールのペットボトル化を断念させた、という一件なのですが。そのとき受け答えしてくれた担当氏が逮捕されたということもあって、今回の事件には個人的にも驚きました。

おそらくワタシのCSRの考え方は既に読者の方に見透かされていますよね。「愛される○○」みたいな説明はしない(他の人がするから)。利益を追う企業と理念をかざすNGOの「闘争」である、と見る(性格がひねくれているから)。

個別の論点についてワタシはグリーンピースさんとは考え方が違います。でも、あの団体は企業キャンペーンについては面白い題材を提供してくれる。実際、喧嘩慣れしていない日本企業は外に出て行くとコロっとやられる。グリーピースと組んで企業相手の護身術のセミナーでもやったら儲かりそう(笑)。


■功を焦ったか? グリーンピース・ジャパン

ただ、今回はいただけない。NGOの力の源泉を理解していない。なぜ、このようなアブナイ手段に打って出たのか? 功を焦ったというのがワタシの「読み」。この先は、テレビ報道を見ながら考えていたワタシの推理です。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」ということで。

NGOの世界も、一皮めくればサラリーマンの世界と大差ありません。特に国際的なNGOともなると、組織も論理も大企業顔負け。本部の管理は徹底しており、各国の支部はノルマと予算に縛られています。

この世界の「成果」とは対企業キャンペーンの成功。このあたりのこと、日本の新聞はまだ「清く正しい」くらいの話しか書いてくれないので刺激がないですが、欧米の新聞はたまにNGOのマネジメントについて結構シビアな記事を載せます。「NGOの職員の成果報酬をどう算定するか」とか、なかなかエンターティニング。

その中でグリーンピース・ジャパンは独特の立場にあります。ワタシの記憶が正しければ数多ある先進国のグリーンピースの中で日本支部だけが世界本部からの補助金に依存していたと思います。普通、グリーンピースの先進国の支部は本部に上納して、その上納金が途上国の活動を支えるのですが、日本は逆。
 
理由はあきらかです。それは、捕鯨。日本は捕鯨については国論が割れていません。グリーンピースは、総合環境NGOで別に反捕鯨に特化しているわけではないのですが、どうしても反捕鯨団体のイメージが強い。よって日本では支持が得にくい。

逆に世界本部との関係で言えば、日本支部は毎年下賜されている補助金に見合う「業績」を本部に示す必要がある。グリーンピースにとって日本関係の最大の問題は捕鯨ですから、捕鯨で一発逆転を狙うのが一番効率的です。しかも日本主催のG8サミットというまたとない広報チャンスが迫っている。一枚岩の世論を突破するための奇策をとった。功を焦った。

ただ、勝手に持ち出しちゃね、正当性を失います。しかも「不当逮捕」なんて声高に言えば言うほどキワモノ的に扱われてしまう。テレビでの扱いは新手の過激派って感じでしたね、残念ながら。


■NGOが力を維持するのに必要なものは何か

NGOって、最後は一般大衆の信認が背景にないと無力だと思うんです。別にね、世論がNGOの議論を理解しているとかそういうことではありません。そんなことは起こりようもない。ただ、NGOは正しい存在だっていう漠とした信頼感みたいなもの、これが力の背景だと思うんですよ。
 
ワタシが企業の環境担当だったら、今のグリーンピース・ジャパンは恐くないです。社会的正当性を失いつつあるから。逆にグリーピースの主張を受け入れることにリスクが伴うとさえ考えるかもしれない。

今回の一件は、深刻な自殺点だったような気がするのです。でも、NGOの組織のしがらみを知っていると、可哀想だなって感じもします。本社のノルマに追われて現場がちょっと「無理」しちゃいましたって、いうのと同じかな。大組織はどの世界でも同じようなものです。

以上、本件の背景に関する「NGOサラリーマン仮説」でした。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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