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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

グローバリゼーションのホントの怖さに備える

2008年3月31日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら)
  
 もう数年前だったと思いますが、ひとつのごく小さな新聞記事に関心を惹かれました。それは、捕鯨をする水産会社が海外で冷凍食品ビジネスに進出すべく現地の会社を買ったところ途端に不買運動に直面して立ち行かなくなったことを報ずるものでした。

 これはグローバリゼーションと価値観の押し付けがある側面で一体として進むことを典型的に示しています。ワタシがアメリカのMBAプログラムに留学していた昔の話ですが、英語の勉強も兼ねて親しい友人と週一回テーマを決めて議論するということをやっていました。最も印象に残っているのが捕鯨問題です。ワタシは捕鯨を擁護する論を述べたわけですが、普段論理的かつ冷静な思考をするその友人が情緒的で感情的な議論をしてくることに驚きました。彼はこう締めくくりました。「僕はアメリカ人だから君には同意できない。」英語話者が好んでつかう、”agree to disagree”というやつです。しかし、事業活動をグローバリゼーションさせた企業にとってはagree to disagree ではもはや済まされなくなっています。

 あなたが捕鯨を営む水産会社の社長だったと考えてみてください。長期的には事業の多角化を考えるでしょう。しかも日本の国内市場は競争が苛烈であるのみならず長期的な成長市場ではありません。海外進出は自然に選択肢の一つとなります。海外企業の戦略的買収もあるでしょう。

 しかし、ここに至り捕鯨と事業の国際化は必ずしも両立しないという問題に直面するわけです。残念ながら数少ない捕鯨友邦国であるノルウェーの市場は日本よりも小さいですから。大市場である欧米に出ようとすればれ捕鯨を営んでいることを理由にいかなる事業もブロックされてしまう可能性がある。アジアという選択肢はあるかもしれませんが、欧米のNGOが乗り込んでくる危険は否定できません。議論のために単純化して、捕鯨を続けるかそれとも将来の成長のため海外市場に出るかは二者択一だとしたら、経営者としてあなたはどうしますか。

 企業活動のグローバリゼーションはあくまで利潤動機で進んでいます。儲かるから事業をグローバリゼーションする。ビジネスチャンスが世界中に広がる。しかし、その反面、引き換えに海外の潜在的顧客は時にあなたの価値観の修正を求めるのです。

 捕鯨の例を挙げましたが、言うまでもなく、事業内容により、人権、労働者の権利、自然保護等様々なものがあなたの会社の「捕鯨」となりえるのです。ステークホルダーの概念や社会的責任投資といった新しい手段を具備したCSRは日本企業にこのような難題をシステマティックに問うてくるという厳しい性格を有しています。

「児童労働なんていったって、仕方ないじゃないか。働かなくては食べられないのだから。日本にだってそういう時代はあった。その我々が児童労働禁止を押し付けるなんて偽善じゃないか。」そうかもしれない。でも、会社の意見として誰もそんなことは言えない。欧米の「お客様」やSRIファンドの賛同が得られないことがわかっているから。ワタシにもこれといった妙案があるわけではありません、でも、日本の「清く正しく美しいCSR」に肩まで浸かっていてはいけないと思うわけです。グローバルなCSRは一面で激しくコワイものです。

「CSRは欧米の価値観の押し付けではないか」、という直感的かつ的確なコメントをいただくと、ワタシはいつも以上のようなお話をすることにしています。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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